#8 家族
「ただいまー」
「トオルー? 大丈夫かー?」
父さんと母さんの心配そうな声に、俺は自分の部屋からリビングへと飛び出す。
「おかえり」
「あぁ、大丈夫そうだな」
「よかった。何ごともなくて。事故報告書には事故の余波で転んだだけとはあったけれど、やっぱり会うまでは心配になっちゃったわ」
手に持っていたバッグをテーブルに置くと、母さんはそういいながら俺にハグをした。
そのまま父さんとハグを交替して言う。
「真っ直ぐ帰ってきたから夕飯は有り合わせになるけど、私作るわ」
「ありがとう、じゃあ、俺はトオルと保険の手続を片付けるか。な、トオル」
「うん」
……そう。これが普通の反応だ。
事故現場でもそうだった。
ミリのことを誰も気にはしない。
父さんの部屋でパソコンの前に並んで座る。
開かれた事故報告書に保険手続の入力フォームが付いていた。
父さんはサクサクと必要事項を入力していく。
「簡易スキャンの結果は見たけど、どうする? 一応医者の診察受けておくか? 変な転び方したとか……」
「ない。ほんとに全然平気。俺の受けた被害は、ミリ……プロジェクターだけだよ」
「あぁ、報告書にも載ってたよ。あんな状況で被害確認まで済ませたなんて、お前結構しっかりしてるじゃないかって驚いたよ」
俺に誇らしげな笑みを見せると、父さんは入力を終えたフォームの送信ボタンを押した。
そして、事故報告書よりも前に送られてきていた、
「同じ型でいいよな」
「うん」
父さんはまた、通知書に添付のフォームにサクサク入力する。
「事故番号か保険の請求番号か……さっきの番号……」
「事故番号なら俺分かるよ!」
俺は胸ポケットから例のカードを取り出して見せた。
「あぁ、サンキュ」
入力してまた送信を完了させると、俺を振り向いて父さんはにっこり笑った。
「これで完了! 2~3日うちに新しいのが届くよ」
「ありがとう、父さん」
俺の作り笑いに気がついたのか、父さんは不思議そうに俺を見た。
その後、気まずく泳いだ俺の目線を追って、俺の手のひらに目を落とす
カードと一緒にポケットから取り出した、壊れたプロジェクター。
「……見事に壊れたな。これがトオルだったらと思うと、さすがに笑えないか」
父さんはポンッと俺の頭に手を乗せると、くしゃくしゃと優しく撫でた。
「……ミリが……助けてくれたんだ……」
「そうだな、感謝しないとだな。こういうことがあると、プロジェクターを手放すのも考えてしまうよなぁ。トオルにはまだ当分使って貰うか」
「……え?」
「学校を卒業する前にはもういいだろうと思っていたけど、母さんともまた相談しよう」
俺は父さんに促されて、一緒にリビングへと戻った。
その頃には良い匂いの焼き鮭定食が完成していて、家族みんなで食卓を囲んだ。
父さんと、母さんと、俺、の三人。
いつものように、他愛ない家族の会話が続く。
ふ、と昔の記憶が頭をかすめた。
あれはいつのことだったっけ。
あの時は、もう一人、多かった。田所家の家族の食卓。
……やっぱり俺は変みたいだ。
口からあふれでてきそうだったモヤモヤを、俺は味噌汁で流し込むように飲み込んでいた。
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