【 3杯目のミルクティー 】

 その後、俺たちは時間を忘れて小説の話で盛り上がった。

 彼女の笑うその姿。


 今の俺にはまぶし過ぎる。

 彼女の生きたこの10年間は、俺の生きた10年間の何倍も濃いものだったのだろう。


 小説の中には、こんなことが書かれていた。


 ある少女は、字が書けないことでいじめを受け、両親のやっていた小さな食料品店も、賞味期限の切れた牛乳を販売していたとの噂が広がり閉店に追い込まれ、逃げるようにして慣れ親しんだ地元を去った。

 その後、経済的に苦しくなった両親は喧嘩が絶えず離婚し、その少女は祖父母に引き取られる。

 父は酒におぼれ、ある日道へ飛び出し車に引かれ事故で亡くなり、母は精神疾患を患い、首を吊って自殺した。


 少女は、祖父母の元で暮らし、障がいを持ちながらも必死にこれを克服し、そのことを小説に書いた。そして、大学を卒業する頃、その小説がある大きな賞を受賞し、ベストセラーとなる……。


 まさに、これは彼女の歴史そのものだと思う。



「もうすっかり暗くなっちゃったね」


 窓の外を見つめる彼女の瞳は、少しうるんで見えた。


「ああ、そうだね。ごめんね、忙しいだろうに、呼び出しちゃって」

「ううん、今日は大丈夫。丁度、続編のネタもできたし」


 彼女はにっこりと笑って、3杯目のミルクティーを口に運ぶ。


「まさか俺と会ったことを続編に書くとか……?」


「うふふっ、さぁてね。次は、恋愛小説でも書こっかな?」


 俺は照れ隠しに、5杯目のホットコーヒーを飲み干した。


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