【 ディスグラフィア 】

「『』って知ってる?」

「あ、ああ、この小説を読んだから、何となくは理解した。『書字表出障がい』、つまり字を書くことに障がいがある病気のこと……」


「うん。私、字が読めないんじゃないの」


 彼女はおもむろに持って来ていたバッグから、ノートとボールペンを取り出し、テーブルの上に置くと、ノートの真っ白なページを開き、こう言った。


「ねぇ、博之くん。ここに、左手でひらがなの『ね』って書いてみて」

「えっ? 左手で?」


「そう、何も考えずに、すぐに書いて。行くよ。3、2、1……」

「ああ、ちょっと待って。えっと、えっと……」


 俺は彼女に言われるがまま、慌てて慣れない左手でボールペンを持つと、その開いたノートに『ね』を書き出した。


「何も考えず、もっと早く書く!」


 そう彼女はかす。


「あ、あれっ? 『』って、丸のところ何か変だ……」


 俺の書いた『ね』は、くるりと丸くなる部分が反対に書かれていた。



「これが私の『ディスグラフィア』」



 彼女はそう言った。


 その時、ようやく気付いたんだ。

 彼女がどんな病気と今まで戦ってきたかということを……。


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