【 1分1秒 】

「今、小説って、紙に書いてるの?」

「うふっ、今時、紙になんて書いてないわよ。字を起こすのも大変だし。パソコンを使って書いてる」

「そうなんだ……」


 彼女は、口元に手をやり、そう笑って見せた。

 その目を細めて笑う彼女のかわいらしい顔に、なぜか俺の心は落ち着かなかった。


 一度、ちゃんと謝りたい。

 小学校の時、彼女がいじめられていたのを見て、何もできなかったことを。


「あ、あのさ……」

「んっ? 何?」


「小学校の頃、知美ちゃんがいじめられていたのを見て見ぬ振りして、助けなかったこと……、ごめん……」


 俺は目をつむり、あの時のことを頭を下げて謝った。


 すると、彼女はまた笑いこう言う。


「『頭が高い!』なんてね。うふふっ、そんな昔のこと、もういいよ。時効だよ」


 彼女は昔と違い、なぜか明るく前向きだ。


「怒ってない? あの時のこと……?」

「もう怒ってなんかないよ。あの頃の私はもうここにはいない。

 いるのは、1分1秒先の自分……」


 俺はその言葉にハッとした。

 彼女はあの頃とは、やはり全くの別人だ。

 容姿も、考え方も、そして、その明るく前を見ている表情も……。


 この10年間、俺は成長なんかできていなかった。

 でも、彼女はこの10年間で、時間を無駄にすることもなく、とてつもなく人間として成長していたんだ。


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