【 あの頃の面影 】

「あっ、俺のこと、覚えてる?」

「う、うん。覚えてるよ。何となく、面影がある」


 彼女は、俺のことを覚えていてくれたらしい。


「すごいね、知美ちゃん。小説で賞を取ったんだってね」

「うん、ありがとう。たまたま取っちゃったっていう感じ……」


 彼女は謙遜けんそんしてそう言ったが、たまたま取れるような賞でないことは俺が一番知っている。

 彼女がテーブルの上に置かれている、一冊の本に気づく。


「あっ、それ……、買ってくれたの……?」

「ああ、ここへ来る途中で本屋に寄って、知美ちゃんが来るまでにこの本を読んでた」


「えっ? じゃあ、相当前にこのカフェで待ってたってこと?」

「ああ、まあ、時間があったから……」


 俺は彼女と待ち合わせた時間よりも2時間半ほど先に来て、ここで彼女の書いた小説を全て読んでいた。

 その小説を読んでいただけに、彼女の過ごしたこの10年間がどんなに壮絶なものだったのか、思い知っていた。


「読んでくれたんだね。ありがとう……」

「ああ……、すごく良かったよ。知美ちゃんの小説……」


 俺はその後、彼女の書いた小説の中の話を聞いた。

 そして、彼女がどうしてこの小説を書くようになったのかも……。


「博之くん、小説のことすごく詳しいんだね」

「あ、俺も一応、小説を少し書いたことがあってさ……」


 書いてきた。10年間も。

 でも、一度も芽は出なかった。


 小学校6年生の時まで、『ね』や『ま』を左右反対に書いていた彼女が、10年経ってなぜこんなにも俺と差がついてしまったのか。

 俺も必死に10年間、書き続けていたはずなのに……。


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