第23話 炎燐乱舞

 はじめ、の合図がかかってから1分、2分。

 あたしはフィールド内を飛ぶように駆ける相埜先輩を追いかけ、放たれる拳を避け、しかしこちらからの攻撃も避けられとしながら、互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。

 まるっきり素人のあたしの拳が当たらないことはもうしょうがないが、相埜先輩は明らかに手加減をしている。あたしが避けやすいように大袈裟に構えて、手を出してきていた。

 ちらと視界に入った陸翔君が、スマートフォン片手に声を上げる。


「2分経過、残り3分です!」


 2分が経った。つまり残りはあと半分とちょっと。

 ここまで、あたしはよく耐えしのいでいる方だと思う。何しろ一般的なスポーツとは移動量も、移動する範囲も大きく違う。18メートル四方って結構広いのだ。


「なかなか耐えるじゃないか」

「元バスケ部の持久力、舐めてもらったら困ります!」


 一気に距離を詰めながら蹴りを繰り出してきた相埜先輩の脚を、腕でいなしながらあたしは返す。正直、こういう動きならバスケの試合でも、蹴ってくる動きを除けば見ないわけではない。

 と、あたしの言葉に嬉しそうに相埜先輩が笑った。


「道理だ。それでこそ俺の研究を完成させるに足る」


 そう笑いながら言うと、相埜先輩は一足飛びで後方に下がり距離を取る。すると両の足を地面につけて、ゆったりとした構えを取りながら相埜先輩が口を開いた。


「じゃ、次の段階だ」

「へ?」


 唐突にそう言われて、思わずあたしが声を漏らす。と、両腕を広げた相埜先輩があたしをまっすぐに見つめて言った。


子供川端こどもかわばた用心ようじん


 言うや、相埜先輩の両腕がこちらに突き出される。それと同時に先輩の両手の先にが灯り、その炎が一気に地面に広がった。

 途端に足元まで炎が迫り、あたしが思わず跳び上がる。


「びゃっ!?」

「言っただろう、引っ掻こうが噛もうが火を吐こうが自由だ、と。火を操る異能を発揮するのも、何の問題も無い」


 あたしの反応に、相埜先輩が何でも無いことのように言った。

 確かに引っ掻こうが噛もうが火を吐こうが自由、とは言った。言ったが、こんな異能の使い方をいきなりしてくるのは予想外だ。

 気がつけば、あたしの尻尾の端が地面に触れていたのか。尻尾に火が燃え移っていた。めっちゃ熱い。


「いや、ちょっ、そうかもしれませんけどってあっつぅっ!?」

「尻尾に火が点いたくらいで何を大げさな。お前なら自力でどうにか出来るだろう」


 飛び上がって尻尾をばたばた振るあたしに、相埜先輩が呆れたように口を開く。

 確かに今のあたしはカーバンクルだ。なんとかしようと思ったら出来るんだろうけれど、しかしあたしはその、なんとかする・・・・・・手段を知らない。

 尻尾をばたばた床に叩きつけながら、あたしは声を張り上げた。


「もうちょっとヒントとか、何かないんですか、先輩!?」

「なんだ、俺の異能を見て気付かなかったか?」


 あたしの言葉に、息を吐きながら相埜先輩が返してくる。すると右手をゆるりと掲げながら、相埜先輩が声を上げた。


「じゃあもう一つ。火中かちゅうくりひろう」


 そう言うや、手の内に炎を灯し、それを弾丸のように打ち出してくる相埜先輩。その姿を見て何を気付こうか、と言われても。

 と、手元の炎を一層大きく燃え上がらせながら、相埜先輩が言った。


ことわざ・・・・だ。異能発動のキーはそれになる」

「ことわざ……!?」


 その手の中の炎をソフトボールの球のように投げてきながら話す相埜先輩に、炎の弾を避けながらあたしは返す。

 ことわざ。たしかにこの日本、ことわざはたくさんある。相埜先輩の先程に言った「火中の栗を拾う」も、日本のことわざとしては有名なものだ。

 しかし、それが異能発動のキーだとして、膨大なことわざの中から探さないといけないというのか。

 まごつくあたしに、陸翔君が声をかけてくる。


「和泉、異能には好き勝手に発動しないよう、ことわざが制御キーとして設定されてんだよ。この異能にはこのことわざ、って対応する感じでさ」

「え、じゃあこの、カーバンクルのっ、異能のっ、制御キーって!?」


 苦笑しながら助言してくる陸翔君だが、あたしは相埜先輩の放つ火球を避けるので精一杯だ。ことわざを思い出す余裕なんてそうない。

 なんとか陸翔君からアドバイスを貰えれば、と期待したのだが、陸翔君は小さく肩を竦めて困ったように笑うだけだ。


「いや、俺にそれを聞かれてもなぁ」

「ふかーっ!!」


 彼の言葉に猫のように毛を逆立たせ、声を上げるあたし。こうしていると本当にカーバンクルだ。

 と、火球を手に灯しながら相埜先輩があたしに言ってくる。


「和山、お前は守りの異能を使いたいんだろう。守りと言えばなんだ?」


 思わぬところからの助言にあたしが目を見開く。しかし、こうして分かりやすく提示されたなら、あたしでもそれと思いつくものはある。


「え、っと……鎧!」

「正解だ。あとは鎧の関わることわざを言ってみろ」


 あたしの返答に満足したように、相埜先輩が笑う。しかしその間にも火球は次々と投げつけられているのだ。それをひょいひょいと避けながら、あたしは思考を巡らせる。

 鎧が関連することわざ。あるいは四字熟語、故事成語。思いつくものなんて一つしか無い。


「えー、えー……あっ、鎧袖一触がいしゅういっしょく!?」


 あたしがはっと目を見開いて声を上げると、あたしの尻尾に灯っていた火がパッとかき消えた。同時にあたしの身体を覆うように、淡い光が鎧のように現れる。

 どうやらあたしの異能が問題なく発動したらしい。尻尾をばしばし地面に叩きつけながら、あたしは声を上げた。


「消えた! 熱くない!」

「よし、そういうことだ」


 あたしの行動に相埜先輩も満足げだ。火球を投げつけてくるのを止めて、指先で火球を弄びながら言ってくる。


「カーバンクルは、異能の中で唯一、守りの技能を使う存在だ。故に、異能の制御キーも数がさほど多くない」


 そう話しながら指先の火球をどんどんと大きくしていく相埜先輩だ。

 確かに鎧がまつわる故事成語とかことわざとか、そんなに数は多くなかった、と思う。これが盾だとしたらもっと少ないだろう、きっと。つまりそれは、異能の発動にあたって覚えないとならない制御キーが少ないということだ。

 そういうところもあって、精霊系の変身異能としては初心者向けなのだろう。

 と、一気に空中に飛び上がって巨大になった火球をあたしに向かって投げつけながら相埜先輩が言った。


「これで分かっただろう、後は幸運を発揮して見せろ」

「えー、えーと、えーと」


 火球を避けるべく地面を蹴って、あたしは考えた。幸運を発揮するにあたっても制御キーは必要なはずだ。すなわち、幸運にまつわることわざを言うことになる。

 だが、幸運なんて曖昧なもの、どうやって使えばいいのだ。


「っていうか、幸運を発揮してどう戦えばいいんですか!?」

「そう難しいことではないだろう。想像してみろ」


 もう一つ手の内に巨大な火球を作り出しながら、鼻息を漏らしつつ相埜先輩が言う。

 難しいことではないと言われても、どんな制御キーでどんな異能が発動できるのか、あたしは知らないのだ。無茶を言うにも程がある。

 火球を避けながら、あたしは思考を巡らせる。


「幸運、幸運……うーっ、たなからぼたもち!」


 思いついたのはなんというか、ラッキー、といえばこれか、と思うようなことわざだ。これを唱えたところで、なにが起こるかなんてあたしには分からない。

 しかし陸翔君にはなにか思うところがあったようで、にわかに色めき立ってあたしに向かって声を上げた。


「いいぞ、和泉! そのままつっこめ!」

「ええー……うー、もうやるしかない!」


 あんまりにもあっけらかんと「突っ込め」と言ってくる陸翔君だ。そう言われたらあたしだって、もうそのままやるしか無い。

 相埜先輩はまだ空中にいる。近接攻撃はどうしたって届かないだろう。しかしあたしに遠距離攻撃の手段はない。


「えぇーい!!」


 だからあたしは、相埜先輩に向かって勢いよく両手を振り下ろした。

 突っ込んでもいないから陸翔君の要望を満たせてはいないが、これがあたしの全力だ。もうこうなったらなるようにしかならない。

 と。


「ん?」


 ふと、あたしの頭上に暗い影が降りたような気がして。ふと上を見上げた瞬間だ。


「ぐはっ」

「えっ」


 声を上げたのは相埜先輩だった。何かが顔にあたった様子で、力なく落下してそのままどさりと背中から着地する。

 何が起こったのか分からないあたしを放っておいて、相埜先輩を陸翔君が抱き起こした。


「大丈夫っすか、相埜先輩!?」

「心配は要らん……だが、おい、今何が飛んできた?」


 陸翔君に抱き起こされてゆるゆると首を振る相埜先輩があたしを見る。

 確かに、何かが相埜先輩の頭に落ちてきた。マズルを擦るあたりを見るに、マズルに直撃したのだろう。しかし、何が。

 キョロキョロと周辺を見回したあたしは、この場に不釣り合いなものを見つけた。


「えーと……え、なんですか、これ」


 あたしが声を上げたのはバトルフィールドの端、校舎寄りの側溝だ。そこに落ちて散らばっていたものを見つめながら、あたしと陸翔君が言う。


植木鉢・・・?」

「なんでこんなもんが……どこにあったんだ?」


 そこにあったのは素焼きの植木鉢の破片だった。高いところから落とされたらしくて本体はボロボロ。

 その花と割れた破片を見ながら、相埜先輩が口を開く。


「この花に覚えはある……この建物のバルコニーの上、4階のバルコニーで育てられているものだ。だが……」


 そう話すと、相埜先輩は途端に難しい表情になった。

 先程の異能の内容で、何かミスがあっただろうか。そうだったらどうしよう。そう心配するあたしに、相埜先輩がニッコリ微笑んで返してきた。


「和山、お前のさっき使った異能は何かを落下させてくる・・・・・・・・・・異能だ。鳥のフンか、ボールか、そういうものが飛んでくるものとしては多いんだが……お前が飛ばしたのは、この植木鉢だ」


 先輩の言葉にあたしは目を見開く。

 先程のあたしの使った異能は何かを落下させる・・・・・・・・異能。つまり、重いものも軽いものも、なんだって落っことしてこれるわけだ。それが凶器になるものであったとしても。

 と、そこで相埜先輩が鱗に覆われた手であたしの肩を叩く。


「和山、今回の試合はお前の勝ちでいい。俺はノックアウトされてしまったからな」

「えっ、い、いいんですか!?」


 突然の申し出にあたしはまごついた。まさかここで、勝敗の宣言があるとは思っていなかった。

 しかし確かに相埜先輩は背中から倒れていった。背中をついたほうが負け、となるのなら、ルール上はあたしが勝者だ。陸翔君も満足そうに話す。


「いいんだよ、ルール的にも先に倒れた先輩の負けだ」

「えー……マジで……」


 思わぬ勝利に、あたしはげっそりしながら返事を返す。

 まさかこんな形で、初試合を初勝利で飾ってしまうとは思っても見なかった。だがこの先、果たして異能甲子園出場を成し遂げるまでにやらなければならないことをやり切れるのか、あたしはあまりにも自信がなくて。

 その自信のない顔を隠すように、あたしは力なくうつむくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1年1組40番和山和泉、人間です~変身系異能持ちが集う高校に勘違いで入学した無能力者、異能者集団の中で存在感を発揮する~ 八百十三 @HarutoK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ