第22話 実践訓練

 あたしの異能についての効果を確認したところで、相埜先輩が満足そうにうなずいた。


「よし、あれだ。異能の発揮は出来たところで、異能甲子園を見据えての実践訓練といこう」


 実践訓練、という言葉にあたしが身を固くする。

 いよいよ、異能甲子園出場を見据えての訓練だ。異能甲子園はただのスポーツの大会ではない、異能力者ホルダー同士がお互いの異能をぶつけ合う、無差別格闘競技・・・・・・・の大会だ。

 所属する部活の種目も、運動経験も関係ない。取っ組み合いが出来れば問題がないのだ。

 相埜先輩が真剣な表情で言う。


「異能甲子園での競技形式は、異能を発揮しての戦闘・・が中心だ。もちろん、異能力者ホルダーがその異能を存分に発揮してのスポーツ競技も種目には入っているが、主たる種目は戦闘バトルになる」


 そう話した先輩が真剣な表情のまま、あたしに視線を向けてくる。


戦闘バトルのルールは、概ね把握しているか、和山」

「もちろんです」


 先輩の言葉に、あたしはハッキリとうなずいた。これまで毎年、異能甲子園のテレビ中継は欠かさずに見てきたのだ。

 5分という試合時間の中で、18メートル四方のフィールドの中で取っ組み合い。相手の背中をフィールドにつけたり、相手の身体をフィールド外に出したら勝利。相手の急所を攻撃したり、命を奪うような異能の使用は禁止だが、それ以外の異能の使用は制限無し。こういうルールだ。

 ルールの把握が問題ないと分かった相埜先輩はこくりとうなずいた。


「よし、それならいい。試しに一戦、やってみるか」

「え、えっ、ここでですか!?」


 先輩の言い出したことにあたしはまごついた。こんな研究室の、ものがいっぱい置いてある中で取っ組み合いだなんて、色んな意味で危険過ぎる。

 だが、あたしの言葉にゆるゆると首を振った相埜先輩は、窓にかけられたカーテンを開いた。


「心配するな、さすがにこの部室の中ではやらん。でやる」

「外? ……あっ」


 窓の外は広いバルコニーだった。結構な広さがあるそこには、下に衝撃やらなんやらが行かないよう、キチンと補強がされている。

 なるほど、このバルコニーなら天井も気にしなくていいし、下を気にせず戦闘バトルが出来るというわけだ。


「バルコニーがあったんですね」

「ただのルーフバルコニーじゃなかったんっすね……ちゃんと補強がされてるじゃん、すげー」


 ドアを開けて、バルコニーに出ながらあたしと陸翔君は目を見開いた。

 補強のされたルーフバルコニーの中央部分に、真四角のラインが引かれている。ただラインが引かれているわけではなく、消えたり動いたりしないように床材に固定されていた。

 これは、戦闘バトル用のフィールドの枠材で間違いがない。


戦闘バトルの規定フィールドと同じ、18メートル四方で区画を作ってある。床面の補強も済んでいるから、気にせず戦えるわけだ」


 あたし達にフィールドを見せながら、相埜先輩は自信ありげに言った。珍しく笑みも見せている。よほどこのフィールドに自信ありと見た。

 すると、相埜先輩が陸翔君を見て、何やら考え込む姿勢になった。そのまま、陸翔君へと問いかける。


「ただ、そうだな……神谷、お前は実戦形式での戦闘バトルの経験はどのくらいある」

「えー、あー……俺はまぁ、家が家っすから。小さい頃から乱取りとか多人数掛けとかはやってきましたし、戦闘バトルを想定した稽古もやってきたっすね。3年、いや4年はやったかな」


 陸翔君の言葉に、あたしは目を見開く。小学生の頃から戦闘バトルを想定した稽古をやってきたのか。

 それでは、完全に初心者のあたしが敵うわけがない。いや、本当に経験のあるプロだからこそ、手加減の仕方も分かっているとは聞いたことがあるが、異能を使っての取っ組み合いである戦闘バトルに、果たしてどこまでその理論が通用するのか。

 相埜先輩も思ったことは同じなようで、ますます難しい表情になった。


「把握した。それだと和山とやらせるには経験の差が大きいな……ふむ」


 実践形式の訓練をするとして、あたしの相手をするに適切な人がいない。学内に異能力者ホルダーはたくさんいるだろうけれど、対外的には無能力者ノーマルのあたし。相手をしてくれる物好きな人がいるとは思えない。

 しばらく悩んだところで、相埜先輩が制服のジャケットを脱ぎながら言った。


「分かった、今回は俺が相手をしよう」

「えっ」

「えぇっ!? 相埜先輩とですか!? 経験の面で言ったら陸翔君よりも明らかに上なんじゃ」


 まさかの相埜先輩の言葉に、あたしも陸翔君も驚きの声を上げた。

 何度も言うようだが、相埜龍信はただの先輩ではない。数十年をこの巽山高校で過ごし、異能開発部での研究に費やしてきた、正しく異能のプロなのだ。異能の習熟度で言ったら、陸翔君とは比べ物にならないはずだ。

 何なら、陸翔君に相手してもらったほうがまだ初心者のあたし相手にはいいのでは、と思わなくもないが、相埜先輩は小さく首を振る。


「俺は研究一筋だったからな、異能には慣れ親しんでいるが戦闘バトルはそうでもない。加えて、体力面でのハンデもある」


 いわく、相埜先輩は現在78歳。『龍』の家系だから寿命なんてあってないようなものだし、まだまだ一族の中では若者だそうだが、それでもバリバリ若者なあたし達と比べたら、体力には劣るし運動能力も落ちているのだそうだ。『龍』は永い時を生きるが故に、あまり戦闘向きの異能力者ホルダーではないらしい。

 びっくりした。龍なんだからもっと火とか氷とかめっちゃ吐いてきて、空も飛んで、どんな相手でも手玉に取るみたいなことをしてくると思っていたのに。

 目を見開くあたしに、相埜先輩が真剣な顔をして言ってくる。


「和山、分かっているとは思うが戦闘バトルは異能をフルに発揮しての取っ組み合いだ。噛みつこうが引っ掻こうが火を吐こうが、何をしても自由。ただし急所を狙ったら反則。相手を殺すような異能も反則。お前の今持つ異能を意識して使え」

「わ……分かりました」


 先輩の言葉に、あたしは声に詰まりながらも返事をした。

 今のあたしに、果たして何が出来るだろう。宝玉獣カーバンクルにも爪はあるし牙はある。あとは幸運を呼び寄せる異能に、守りの奇跡を起こす異能もある。しかし、逆に言えばそれだけだ。直接的な戦闘能力には秀でていない。

 あたしの返事を確認して、相埜先輩が研究室の中に引き返す。


「よし。じゃあ少し待っていろ、俺もジャージに着替えてくる」


 そう言い残して、あたしと陸翔君を残して相埜先輩は部屋の中へ。残されたあたしと陸翔君は、顔を見合わせながら互いにため息をついた。


「相埜龍信と戦闘バトルかー……すげーな、和泉」

「うん……大丈夫かなぁ」


 陸翔君の言葉に、不安になりながら研究室に視線を向けるあたしだ。

 正直、不安だ。あたしは戦闘バトルの知識だけはまあまああるけれど、経験はちっともない。どころか異能を使い始めたのもついさっきからだ。熟達度合いで言ったら、相埜先輩とは天と地ほどの差がある。

 あたしの言葉を聞いて、陸翔君が後頭部に手を回しながら返してくる。


「そこは大丈夫だろ、相埜先輩は俺達とは比べ物にならないほど長い間、異能と一緒に暮らしてきたんだぜ。異能の経験なんて突き抜けてるだろ」

「うーん、だからこそ不安なんだけどなぁ……ほら、あたしの思いもつかない異能の使い方を、知ってるかもしれないじゃない」


 あっけらかんと、あたしが一番懸念していることを何でも無いことのように言ってくる陸翔君だ。眉尻を下げながらあたしが言うと、首元を掻きつつ陸翔君は返す。


「それもまた勉強ってことだろ。色んな使い方があることを知るってのも、戦闘バトルの大事なことだぞ」

「そっかー……うーん、どうしようかなぁ」


 彼の言葉に、ますます困り顔になるあたしだ。そりゃあ確かに、いろんな異能の使い方を目のあたりにするのは大事なことだ。だが、そういうのこそ異能に熟達している相埜先輩に大きく分がある。あたしの異能の使い方など、先輩は絶対把握しているだろう。

 とはいえ、やるしかない。何とか食らいついていこうと頭を悩ませるあたしのところに、相埜先輩がジャージに着替えて戻ってきた。既に龍へと変身し、龍人の姿でこちらに歩み寄る。


「待たせたな」

「あっ、いえ」

「準備オッケーっすね。じゃ、俺は審判に回ります」


 相埜先輩の姿を見たあたしと陸翔君が、揃って姿勢を正した。陸翔君がスマートフォンを片手にフィールドの方に向かう。

 戦闘バトルにはもちろん審判がいる。戦闘時間の管理、勝敗の決定、柔道や空手の審判がそうであるように、正式な大会では4人の審判がフィールドの四隅から確認をするのだが、今回は人員がいない。陸翔君には負担をかけるが、きっちりと見てくれるだろう。

 フィールドの真ん中、2メートルくらい間を空けて描かれた開始線の傍に立つ陸翔君に、相埜先輩がそちらに近づきながら声をかける。


「任せる。制限時間は規定通り5分で取れ」

「オッケーっす。じゃあ二人とも、開始線に立って下さい」


 相埜先輩に言われた陸翔君が、スマートフォンのアラームアプリを設定しながら言った。

 この開始線から、戦闘バトルはスタートする。相埜先輩と向かい合いながら、まずは一礼。頭を上げた相埜先輩が、ゆるく構えを取る。


「行くぞ」

「は、はいっ!」


 返事をして、あたしも半身に構えた。ここまで来たらもう逃げるも何もない。勝てるとはちっとも思っていないが、全力を尽くして暴れるのみだ。

 あたしと相埜先輩の中間に立った陸翔君が、さっと手を挙げる。


「いいっすね? じゃあ、よーい……はじめ!」


 その手がびしっと下ろされ、号令がかかったその瞬間に、あたしと相埜先輩は揃って地面を蹴る。

 一瞬のうちに、ルーフバルコニーに拳と拳が打ち合わさる、鋭い音が響き渡った。

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