第20話 変身実践

 翌日、授業も始まって、初日の授業を終えて放課後。あたしは昨日一昨日と同じように、北棟3階の異能開発部の部室、木札がかかったドアを開けた。


「お疲れ様でーす」

「お疲れ様でっす!」

「来たか、和山」


 あたしの挨拶に、室内のパソコンの前でスタンバイしていた相埜先輩が返事をする。このやり取りにも慣れたものだ。

 だが、今日はあたし一人ではなかった。あたしの隣には陸翔君がいるのだ。あたしと一緒に挨拶をした彼を目にした相埜先輩が、小さく目を見開く。


「今日は神谷も一緒なのか」

「うっす! 和泉が変身系異能を身につけたって聞いたら、やっぱり直接見たくなって!」


 相埜先輩の言葉に、陸翔君がびしっと敬礼しながら言った。実際授業が終わって、陸翔君に「あたし昨日から、あのチョーカー借りて着けてて」って軽い調子で話したら、「見たい!」とめっちゃ食いついてきたのだ。

 玲美ちゃんにも声をかけようとしたのだが、今日は美術部で新入部員歓迎のレクリエーションがあるんだそうだ。それでは、仕方がない。

 ともあれ、元気いっぱいで興奮が抑えられないという様子の陸翔君を見て、すんと鼻を鳴らし席を立つ相埜先輩だ。


「そうか。それならいいが、研究の邪魔はするなよ」

「分かってます! それで、もう変身できるんっスか?」


 陸翔君が興奮冷めやらぬ様子で話す。抑えられない興奮を体現してか、尻尾だけ生やしてブンブン振っていた。こうして見ると、狼というより犬だ。

 手元の腕時計に視線を落としながら、相埜先輩が言葉をこぼす。


「時間的には、もう異能がなじんでいる頃だな。やってみるか」


 そう言いながら、相埜先輩が部室奥の衣装ケースから何かを取り出した。それをぽんとあたしに手渡して言う。


「和山、異能を使う前に、これを着ろ」

「これ……ジャージですか?」


 それは学校指定のジャージだった。ジャージの内側には女性ものの、シンプルで飾り気のないショーツと、柄のないTシャツが畳まれて入っている。

 目を見開くあたしに、相埜先輩が平坦な声で言った。


異能力者ホルダーの生徒用のジャージと下着だ。尻尾穴が空いているのが分かるだろう。さすがにお前の下着をだめにして帰すわけにはいかん」

「あ、なるほど」


 淡々と話す相埜先輩に、納得して返事をするあたしだ。確かに、今回は実際にあたしの身体そのものを変身させる。そうなるとどうしたって、今着ているものをそのままにして変身するわけにはいかないのだ。

 制服はもちろんだが、問題になるのはショーツの方だ。尻尾が生えてくる都合上、ショーツの布地がどうしたって邪魔をする。

 獣化もののイラストやらゲームやらで着ている服が破れる描写はごまんとあるが、リアルにそれをやったら大損害。だから異能力者ホルダー用の服というものがこうして発達したのだ。

 相埜先輩が衣装ケースの隣、カーテンがかけられた場所を指差しながら言う。


「着替えには奥のスペースを使え、制服はスペースの中にかける場所がある」

「はーい」


 先輩の言葉に従って、あたしは着替えるために更衣室に入ってカーテンを閉めた。念の為にざっと室内に目を通す。隠しカメラのたぐいは無さそうだ。

 無能力者ホルダー用の制服を脱いでハンガーにかけ、ショーツとブラと靴下も脱いで、すぐに異能力者ホルダー用の下着に着替えてからジャージに袖を通す。

 ショーツの一部とジャージのズボンには尻尾を出すための切れ込みが入っていて、ほんのりスースーするが変な着心地ではない。むしろ裸足のままで上履きを履いているから、そっちの方が気になった。

 問題のないことを確認して、あたしはカーテンを開けて外に出る。


「着替えてきました」

「よし」


 あたしがちゃんと着替えてきたのを確認して、ついでに首元にチョーカーがあることも確認して、こくりとうなずいた相埜先輩だ。

 そのままあたしをその場にまっすぐ立つよう促して、先輩は言った。


「VRで何度もやったから感覚は掴んでいるな。自分の身体の部位を徐々に伸ばしていくイメージで変身するんだ。やってみろ」


 先輩の言葉にあたしはうなずいて、目を閉じた。

 宝玉獣カーバンクルの、キツネのようなウサギのような姿をイメージする。長い耳、緑の毛皮、ピンと立った鼻、額の赤い宝玉。


「んー……」


 イメージしながら耳を伸ばし、鼻を伸ばしていく。同時に全身に毛皮を行き渡らせて、足の骨格を変えて。


「おっ……!」

「ふむ」


 陸翔君と相埜先輩の声が、骨が組み変わるビキビキという音とともに聞こえてきた。陸翔君や相埜先輩は一瞬でバシッと変身していたけれど、自分は時間をかけて、ゆっくり、確実に。

 そして、姿が固まったところであたしは目を見開いた。


「……ん! これで、どうですか?」


 目を開くと、視界の下側にわずかに見える緑色の毛に覆われたマズルと、黒い鼻先がある。無事に変身が完了したようだ。

 相埜先輩が満足した様子でうなずいた。


「成功だな。和山、こっちに鏡がある。自分で見てみろ」


 あたしが鏡の前に立つと、そこには長毛種特有の長い毛並みを持った、宝玉獣カーバンクルの獣人になったあたしが立っていた。

 違和感のある外見にはなっていない。見事に、変身成功だ。


「うわぁ……!」

「すげー……本当に、宝玉獣カーバンクルになってるじゃん」


 あたしが声を上げると、あたしの姿を見た陸翔君も歓声を上げた。

 出来た。本当に、あたしにも変身系異能を使うことが出来た。実感が湧いてくると同時に、喜びがこみ上げてくる。


「今回は初回ということもあり、獣人姿で変身を止めるように制限しているが、本来の機能を発揮させられれば完全な宝玉獣カーバンクルになることも可能だ。猫サイズに身体が縮むから、変身には少々コツがいるがな」


 相埜先輩の言葉に、あたしもうなずいた。

 今回は宝玉獣カーバンクルの獣人の状態より先に変身が行われないよう、チョーカーの機能制限をしているらしい。この制限を取り払うことができれば完全な宝玉獣カーバンクルにもなれるのだが、初回でそこまで変身したら事故が起こるかもしれない、ということで、こうしているのだ。

 何にせよ、問題なく変身できるようになったのはいいことだ。


「そのチョーカーはしばらく貸与する。気が済んだら返しに来い」

「ありがとうございます!」


 どことなく嬉しそうな相埜先輩に、あたしは思い切り頭を下げた。頭の上で長い耳がぴこんと揺れる。

 と、目をキラキラさせてあたしを見ていた陸翔君が、抑え切れないといった様子で言ってきた。


「なあなあ和泉、触ってもいいか!?」

「え、うん、いいけど」


 まるで誰かのペットの犬や猫を触ってもいいか、という感じで言ってくる陸翔君に、あたしは戸惑いながらも返す。

 あたしが言ったそばから、陸翔君はあたしに手を伸ばしてきた。彼の手があたしの毛皮にもすっと埋もれる。

 そのままさわさわと触られて、撫でられて。嫌な気持ちにはならないし、ちょっと気持ちがいい。


「うわ、やわらけー……長毛種の宝玉獣カーバンクルの毛並みってこんなにふっかふかなのか」

「陸翔君、触ったこと、あるんじゃないの? おうちで飼ってるって聞いたけど」


 陸翔君が感動しながら言うのを聞いて、あたしは首を傾げた。

 宝玉獣カーバンクルをペットにしている家庭は結構あるし、陸翔君のおうちにも一匹いる。写真を見せてもらったが、めちゃくちゃ可愛かった。

 あたしの言葉に、陸翔君が小さく肩をすくめた。


「うちにも確かにいるけどさ。獣人状態の宝玉獣カーバンクルは滅多にいないんだよ。うちのは特に短毛種だから、こんなに毛足が長くないし」

「あ、そうなんだ。宝玉獣カーバンクルにも短毛種とか長毛種とか、いるんだねぇ」


 陸翔君の話になるほどとうなずくあたしだ。確かに今のあたしは長毛種、毛足が長いタイプだ。猫にも長毛種、短毛種といるように、種類によって毛足の長さが違う。

 確かに普段触っているのが短毛種なら、長毛種の毛並みを触ってみたくなるのも道理だ。

 あたし達の様子を見ていた相埜先輩が、腕を組みながら言う。


「異世界から流入してきたはぐれの精霊は、どうしてもいるものだからな。宝玉獣カーバンクルは特に、姿も目に付きやすいから見つかりやすい」

「確かに」

「ニュースにもなることあるっスもんね」


 先輩の話に、あたしも陸翔君も納得しながら目を瞬かせた。

 宝玉獣カーバンクルに限らず、精霊が街中で見つかって騒ぎになるなんてことは珍しいものではない。毎日どこかで、はぐれの精霊が見つかって警察の捕獲部隊が出動しているものだ。

 そうしたはぐれの精霊は、然るべき対応をした後に元いた異世界に返されるようになっているが、たまにその異世界が分からなくて、地球にいつくことになる精霊もいるのだ。

 ともあれ、変身を完了したあたしに相埜先輩が顎をしゃくって言う。


「そうだな。とりあえず和山、部室にいる間は変身して過ごしてみろ。維持できるかも見たい」

「はーい」

「頑張れよ、和泉! お前なら出来るって!」


 先輩の言葉に返事をするあたしに、陸翔君が励ましの言葉をかけてくる。

 いよいよ、スタートラインに立つことは出来た。ここから、あたしの目的のための部活動が始まるのだ。

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