第19話 変身準備
職員室を出て、南棟から北棟へ。先日と同じく古ぼけた木製の看板がかかった異能開発部の部室で、あたしは今日もVRゴーグルを用いた変身系異能の訓練を行っていた。
獣人から動物へ、動物から人間へ。いろいろな変身を相埜先輩のモニターの下で試して、だいぶあたしの身体も変身系異能の、人間ではないものに姿を変えるということについての感覚が、身についてきたように思う。
たっぷり二時間変身を行って、昨日同様に変身解除をしてVRゴーグルの電源を落とし、ゴーグルを外したあたしに、相埜先輩が歩み寄りながら言った。
「VRでの変身の感覚は、問題なく掴めるようになったようだな」
「はい。楽しいですね、変身するの」
先輩に微笑み返しながら、あたしはゴーグルを返却する。手につけたグローブと腰のベルトを外すあたしに、相埜先輩が微笑んで話す。
「そう思ってもらえるのは有り難い。俺たち変身系
そう話しながら、小さく先輩はため息をついた。
確かに、生まれついて変身ができる人に、変身が楽しいかと聞いたところで無駄だ。彼らは生まれながらにその力を持っていて、その力が日常なのだ。楽しいとか楽しくないとか、そういう次元ではない。
VRゴーグルをしまった相埜先輩が、あたしへと問いかけてくる。
「さて。それではいよいよ、VRゴーグルを使用しない、実際にチョーカーを利用しての異能開発に移るぞ。覚悟は良いか」
その言葉に、あたしは背筋をぴんと伸ばした。
いよいよ仮想現実の中ではなく、自分の体を使ったリアルな変身だ。緊張はあるが、それ以上に楽しみだ。
相埜先輩の目をまっすぐに見返しながら、あたしは返事をする。
「はい、いつでも出来ます」
「よし」
あたしの言葉に相埜先輩もうなずく。そしてチョーカーを多数収めているロッカーを開くと、その中から一本のチョーカーを取り出して言った。
「さしあたって、精霊系で一番力の弱い『
「なんとなく……ゲームとかにもいますよね、おでこに宝石の埋まった」
先輩の言葉に、あたしは宙に視線をさまよわせて答える。
精霊とはいうが、ペットとしても人気の高い種族で、ペットショップにはだいたい
チョーカーをくるくる振り回しながら、相埜先輩が話す。
「そうだ。額に宝石を持つ精霊で、守りの奇跡を起こすことが出来る。精霊の中では力が弱いが、その分力に引きずられにくい」
そう話しながら相埜先輩があたしにチョーカーを差し出した。なんとも無造作な差し出し方だ。
「これがそのチョーカーだ。つけてみろ」
「はい……こう、でいいんですかね」
チョーカーを受け取り、制服のブラウスのボタンを外しながらそれを首に巻く。黒いベルトの上で、白い光がキラキラと輝いていた。首の後ろに来る留め具を、鏡も見ながらなんとか留めると、それをチェックした相埜先輩がこくりとうなずいた。
「よし、そうだ。苦しくはないか」
「大丈夫です……で、これで私に、変身系の異能が?」
相埜先輩に返事を返しつつ、あたしは先輩の目を見返す。このチョーカーをつけるだけで異能が身につく、というのも画期的だが、あんまりにもあっさりしすぎていて実感がない。
落ち着かないあたしに、相埜先輩が腕を組みながら言う。
「すぐに変身できるようになるわけではない。先日も話をした通り、異能が身体になじむまで一日ほどかかる。チョーカーをとっかえひっかえされて身体に負荷がかかることへの防止策だな」
相埜先輩の話に、あたしも首のチョーカーをいじりながらうなずく。
先輩の話のとおりだ。変身系異能を身体に染み込ませるのがすぐに行くはずはない。輸血だとか臓器移植だとか、そういうのでも拒絶反応が起こるのだ。どうしたって副作用とかアレルギー反応とか、そういうのに対応して異能が全身に回って元の姿が変質しました、ではシャレにならない。
あたしの身体に問題がないことを確認した相埜先輩が、満足したようにソファーに腰を下ろす。
「今日は特にこれ以上出来ることもない。帰ってもいいぞ。いてもいいが」
「あ、じゃあ折角なんで、聞きたかったことがあるんですけど」
すっかりくつろぎモードの相埜先輩に、あたしは追いすがるように声を上げた。
しかし、それでも聞きたいことはある。相埜先輩が気付きやすいように、両手をブンブンと振ると、先輩の視線とあたしの視線がぶつかった。
あたしは勇気を出して、相埜先輩に一つ疑問を投げかける。
「この変身の異能のチョーカー、既に完成形だって相埜先輩は言ってましたけど、全部一人で作られたんですか?」
あたしの問いかけに、相埜先輩はゆるく窓の外の空を見上げた。
青く澄み渡った空だ。風も吹いている。こんな日に外を歩いたら、きっと暑さの中に爽やかさがあることだろう。
どこか懐かしむような表情をしながら、先輩は言った。
「九割方は俺だが、残り一割は協力してくれた
相埜先輩の言葉に、あたしは小さく息を吐いた。やはり、一人だけでずっと開発を続けていたのではなかったのだ。
「やっぱり、過去に協力者はいたんですね」
「まあな。この長い年月の間でほんの数名だが」
あたしの言葉に相埜先輩は振り返って言った。過去に数名にでも協力者がいたことにホッとする。
あたしだけが、相埜先輩の研究に協力する奇特な人物ではなかったようだ。過去の協力者がどんな人かは分からないが、だとしてもそうした人達のおかげで、今あたしは変身系異能を身に着けようとしているわけだ。
あたしの顔を見ながら、相埜先輩はゆっくり話す。
「彼らはたまに今でも連絡をくれる。この部室に顔を出すこともあるな。おかげで、チョーカーの開発も捗った。それぞれ適性も分かれるからな」
「あ、そうですよね。一人ひとりで向いている変身の方向性も違うんですし」
先輩の言葉にあたしはうなずいた。確かに一人ひとり適性は違う。その人によって変身しやすい方向性は違うのだから、複数人いないとなかなか組み立てられないだろう。
あたしが納得すると、そこで相埜先輩は難しい表情になった。
「そうだ。しかし……」
眉間にシワを寄せながら、相埜先輩があたしを睨むように見た。その目つきにあたしが姿勢を強張らせていると、先輩はあたしに一歩歩み寄りながら言った。
「和山、俺は確かに、お前には精霊系が一番適性がある、と話したが。外界系の適性も、お前はなかなかに高い。俺が今まで見てきた中で一番かもしれん」
「え、そうなんですか?」
先輩の発言に、あたしは目を見開いた。
外界系の異能はいまだ分からないことも多く、変身できるのは世界全体を見ても1パーセントもいないらしい。そんな外界系の変身系異能を、あたしが使えるだけの素質がある、というだけでもいいことだ。
「外界系は分類分けこそされているが、まだまだ分かっていないことも多い系統だ。そもそもからして異世界の存在、どんな能力を使えるのか、どんな事が出来るのかも完全には分かっていない」
相埜先輩いわく、外界系の変身系異能は直接異次元の存在に働きかけ、その力を受け取って変身するのだそうだ。異次元の存在、という言葉にあたし達日本人は慣れ親しんでいるが、それでもおとぎ話の存在みたいな扱いが多い。
だからこそ、外界系の変身系異能を持つ
「案外、お前は外界系としても大成するかもしれんぞ。変身に慣れたらやってみるか」
「わ、楽しみです!」
先輩の言葉にあたしは手を打った。
もしかしたら今まで以上に、あたしは特別な存在になれるのかもしれない。そのことを考えると、今からそのチョーカーを首に巻くのが、楽しみで仕方なかった。
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