第18話 部活所属

「帰宅部?」

「はい。なんかもう、これでいいかなって」


 翌日。あたしは職員室で、水城先生に部活所属の届け出をしていた。

 届け出と言っても、名目上は・・・・帰宅部。部活の所属を届け出る用紙に何を書くわけでもなく、あたしは手ぶらのままで水城先生の前に立っていた。

 あたしの言葉を聞いた水城先生が、困り顔で唸りながら頭を掻く。


「うーん、まぁ、別にうちの学校は部活動所属を強制していないし、帰宅部でもなんら問題はないわけだがなぁ」


 椅子に座ったままの水城先生が何とも言えない、難しい表情になるのを、あたしは立った状態で、静かに見ていた。

 別に水城先生だって、あたしにどこかの部活に所属することを強制したいわけじゃない、はずだ。どの部活に所属しようが、そもそも所属しないでいようが、それはあたし含めて生徒の自由なのだから。

 だから、先生が悩む要素はそことは別にあるわけで。執務机を指で叩きながら、眉尻を下げつつ水城先生があたしに問う。


「いいのか? せっかく巽山高校に入学したのに、部活動といういろんな異能力者ホルダーと接する機会をなしにして」


 トン、トンという一定のリズムを刻みながらあたしに問いかける水城先生に、あたしは迷いなくうなずきを返した。

 先生の言わんとすることももちろん分かる。部活動は、学年の枠もクラスの枠も超えて、異能力者ホルダー無能力者ノーマルという枠組みも超えて、一緒に活動できる数少ない機会だ。それを選択しない、というのは確かに、もったいない。

 だが、あたしは既に決めているのだ。耳の裏を指で掻きながら返す。


「まぁ、確かに部活動ならクラスメイト以外の生徒とも気軽に交流したり出来ますけれど、別に部活動に所属していないからって他のクラスや学年の人と話しちゃいけない、なんてことはないですし」


 あたしは社交性には自信がある。ぶっちゃけ関わろうと思えば、クラスとか学年とか気にせず関わろうと出来るのだ。問題は、全く無関係な相手に関わろうとしたところで、すげなく扱われるというだけで。

 あたしがこの学校の中で存在感を発揮していければ、必然的に関わる人数も多くなるだろう。それについて、部活の有無は関係ない。

 それに、あたしにはやりたいこと・・・・・・があるのだ。


「それに、帰宅部のほうがあたしのやりたいこと、出来るかなって思ったんで」

「ほーう」


 あたしの言葉に、水城先生が小さく目を見開いた。ゆっくり伸びる声で感心したように声を上げると、小さく笑いながらあたしの顔を見上げる。


「やりたいことがみつかったか?」

「まぁ、はい、一応」


 先生の言葉に、あたしは視線を逸らしながらうなずいた。

 正直、おおっぴらには言えない。相埜先輩と出逢い、異能開発部に関わり、異能を身に着けようとしているなどとは。

 その言葉を胸に秘めながら、あたしは水城先生に思い出したように問いかけた。


「あ、そうだ先生、確認があるんですけれど。いえ実際にそれをあたしがするかは置いておくとして」

「勿体つけるな、なんだ?」


 本当に勿体つけて、わざわざ「あたしがするかは置いておくとして」なんてわざとらしい前置きをするあたしに、苦笑しながら水城先生が先を促す。

 そんな水城先生に、あたしは念を押すように問いかけた。


「確か、助っ人制度・・・・・って帰宅部にも適用されますよね?」


 あたしが確認したいのはつまりそこだ。帰宅部だから他の部活の助っ人に行くことが認められない、という形だと、あたしの目論見は水泡に帰す。

 この巽山高校には、他の部活に所属する生徒でも、大会とか試合とかの時にその部活のメンバーに一時的に加わり、試合に出場する「助っ人制度」という制度が存在する。

 この制度があるから部活は原則掛け持ち禁止、となっているのだが、この制度があるゆえに才能に溢れる生徒が部活の枠にとらわれないで活躍できるのだ。

 あたしはこの制度に目を付けた。無能力者ノーマル故に部活に所属できないのなら、助っ人として一時的にその部活のメンバーになれば、活躍できるのでは、と考えたのだ。

 あたしの言葉に、水城先生が腕を組みつつ言う。


「そうだな。異能力者ホルダーはその身体能力の高さがあるから、いろいろな部活で活躍が見込まれる。そういう際に、時間の都合がつけられればその部活の練習や大会に、助っ人として参加することが許可されている。もちろん、帰宅部の部員でもな」


 水城先生の言葉にあたしはうなずいた。ここまでは想定通りだ。

 と、そこで水城先生が眉間にシワを寄せながら口を開く。


「だが、和山。お前なら分かっていると思うから耳タコかもしれないが、無能力者ノーマルのお前が運動部の助っ人に行くのは認められないぞ。そもそも無能力者ノーマルじゃ、助っ人になりようがないのもあるが」

「分かってまーす。私には無理なのも当然でーす」


 先生の言葉にあたしは軽い調子で返事をした。ここもまた、想定通りだ。

 あたしにはそもそも、助っ人制度を活用できるだけの能力が無い。他の部活だって、あたしを必要となんかしない。無能力者ノーマルのあたしを。

 だがここで、あたしが異能開発に成功して、変身系異能を身に付けることが出来たのなら話は変わってくる。異能を身に付け、この学校に通う異能力者ホルダーと同じくらい活躍することが出来るなら、あたしにだってチャンスはある。

 とはいえ、その為には異能開発をしないとならない。相埜先輩の協力の下、やることは山積みだ。今日も授業が終わったら部室に行かないとならない。

 するべきことはしたし、職員室を出ようとあたしはくるりと先生に背を向ける。


「じゃあ、私はこれで……あ」

「和山?」


 そうして歩き出そうとしたところで、あたしはふと立ち止まって声を上げた。

 そういえば、相埜先輩は随分と、水城先生のことを気安く呼び捨てにしていた気がする。


「水城先生、そういえば、相埜先輩って先生と顔見知りなんですか?」

「相埜……どの相埜だ?」


 あたしの問いかけを聞いて、先生が首を傾げた。その言葉に何気なく、あたしは返答をする。


「えーと、あの、相埜龍信――」

「ぶ……っ」


 だが、あたしが相埜先輩の名前、龍信を言った瞬間、水城先生が姿勢を崩して噴き出した。

 何事か、と目を見開くあたしに、先生は椅子から立ち上がってあたしに詰め寄る。


「お、おい、ちょっと待て、相埜龍信って、あの相埜龍信か!?」

「えっ」


 途端に興奮し始めた水城先生に、あたしは明確に困惑した。

 なんだ、なんでこんなに相埜先輩の名前に反応したんだ。

 あたしが何も言えないでいると、なんだか急に水城先生が嬉しそうな表情になった。あたしの肩を掴みながら、うんうんうなずいている。


「そうかぁ、お前、相埜先輩に会ったのか。やるなぁ」

「えっ、なんで分かるんですか、確かに昨日部活探しているときに会いましたけど」


 先生の言葉に、あたしはびっくりして声を上げた。あたしは相埜龍信を知っているのか、と聞いただけで、あたしが先輩と会ったことなど一言も話していない。

 あたしの問いかけに、水城先生は腕を組んで嬉しそうに言った。


「相埜先輩はな、俺が学生として巽山高校に入学した時には、既に研究者としてこの学校に在籍していたんだよ。その当時はまだ、無能力者ノーマルの入学人数も片手で足りるくらいだったからなぁ。俺も声をかけられたよ」

「そうなんですか!?」


 水城先生の発言に、思っていたより大げさにあたしは驚いてしまった。

 水城先生がこの巽山高校の卒業生であることもびっくりだが、水城先生が高校生だった頃から相埜先輩が学生で、異能開発部をやっていたとは。

 恐る恐る、あたしは問いかける。


「じゃあ、先生ももしかして、相埜先輩の部活を……」

「知っている。そうかぁ……まだ続けていらしたとはなぁ」


 あたしの質問にうなずきながら、水城先生が感慨深そうに言った。

 しばらくうんうんうなずいた後、先生は真剣な顔をしてあたしに話しかけてくる。


「和山。相埜先輩の異能開発部に出入りすることについては、俺は何も言わん。ただ、無能力者ノーマルであるという事実は大事にしろよ。無能力者ノーマルであるからこそ、お前はこの学校に入学できたんだからな」

「そう……ですよね」


 先生の言葉に、あたしも神妙な面持ちになった。

 確かに、あたしは無能力者ノーマルとして巽山高校に入学した。それは無能力者ノーマルのあたしに価値があるから入学できたわけで、無能力者ノーマルでなくなったらその価値はなくなってしまうのだ。

 あたしは、どうあがいても無能力者ノーマルだし、無能力者ノーマルであることに意味がある。それは、あたしだって理解はしている。


「分かってます、大丈夫です」

「おう。何かあったら、また相談しに来い」


 あたしがうなずきながら返事をするのを見て、水城先生も満足したように微笑んだ。

 気持ちも固まったところで、これからまた部室に行かなくては。あたしは水城先生にぺこりと頭を下げて、職員室を後にした。

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