第16話 異能開発

 適性を記した紙を棚にしまうと、相埜先輩は両手に乗るくらいの箱を別の棚から持ってきた。それをテーブルの上に置きながら、先輩が言う。


「さて、適性がわかったところで早速異能開発といこう」


 そう言いながら、ソファーに座って両手を組む相埜先輩。その言葉にあたしはごくりとつばを飲み込んだ。

 いよいよというか、もうというか。こんなにすぐに動き出すのは予想外だけれど、内心楽しみでもあった。

 テーブルを指でトントン叩きながら、相埜先輩が言う。


「とはいえ、だ。いきなりお前に強力な変身系異能を身に着けさせるわけにはいかん。まずはお前の身体を、変身系異能に慣らしていく必要がある」


 相埜先輩の話にあたしはうなずいた。確かにいきなりチョーカーを身に着けて、変身系異能で身体が壊されてはたまらない。最初のうちは別の手段で訓練をして、変身系異能に身体を慣らしていくのが賢明だ。

 ともあれ、ちゃんと訓練の時間を作ってくれるのはありがたい。


「やっぱりそう言う、訓練みたいなものはあるんですね」

「当然だ。地上の生き物が空を飛ぶ力を得たからといって、何もしないで飛び方を身につけられるわけではない」


 あたしの言葉に相埜先輩がうなずいた。確かにその例えは的確だ。人間だって何も訓練していない人が、水中で自在に泳げるようになるわけではない。

 箱を開けながら相埜先輩が話を続ける。


「身につけてもらう感覚は3つだ。人間から人外に変身する感覚、人外から人間に戻る感覚、変身を維持する感覚」


 説明しつつ、箱を開け、中にあるものを取り出していく。それらをテーブルの上に並べながら、相埜先輩が言った。


「そのために、これを使う」

「これ……VRゴーグル・・・・・・ですか? それと手袋、ベルト……」


 取り出されたのはVRゴーグルの一式だ。VRゲームなどで使われている、一般的に販売されている製品だ。しかし両手で持つタイプのコントローラーではなく、センサー付きのグローブとベルトが付属している。

 ゴーグルを持ち上げながら相埜先輩が話す。


「そうだ。これを使うのが一番安全だし、感覚を掴みやすい。数年前までは訓練用のチョーカーを作ってやっていたが、それでも事故はあったからな」


 そう言いながら、相埜先輩はあたしにグローブとベルトを差し出してきた。つまり、早速これから訓練を行うということだ。


「プログラムは既に入れてある。装着しろ」

「は、はい……」


 言われるがままに立ち上がり、部室の真ん中のスペースに移動して、腰にベルトを巻いて両手にグローブをはめる。グローブのベルトを固定してからゴーグルを受け取り、頭に被って固定した。前にアトラクションで使ったことがあるから、勝手は掴んでいる。


「出来ました」

「よし、起動するぞ」


 あたしがグローブを嵌めた手を上げると、相埜先輩が返事をしてきた。何かパソコンとかを操作しているのか、少ししてからVRゴーグルが起動した。

 起動画面が表示された後、ぱっとあたしの視界に映ったのは一般的な室内のワールドだ。白い壁紙、フローリングの床、大きな鏡、蛍光灯。それ以外には何も見えない。


「あっ、映った」

「動作状況も問題ないな」


 あたしが声を上げると、相埜先輩が言葉を返してくる。どうやらあたしの状況は、彼のパソコンでモニタリングされているらしい。キーボードのカタカタ言う音が小さく聴こえてくる。


「万一のことがあるといけないから、俺の方で操作をする。和山はそのまま、気持ちを落ち着けて立っていろ」

「はい……」


 相埜先輩の言葉に、あたしは返事をしながら小さくうなずいた。あまり大きくうなずくと、ゴーグルの影響でぐらついてしまう。体勢を崩さないように気をつけるあたしに、相埜先輩の声が飛ぶ。


「では、まずは手始めに獣人の、軽度の変身からいくぞ。和山、犬と猫、どっちがいい」

「え、えー……どっちも好きですけど……」


 急に問いかけられてあたしは困惑した。犬も猫もどちらも好きだし、正直なところどっちでもいい。

 しばらく悩んでから、あたしは相埜先輩へと声を飛ばした。


「……猫でお願いします」

「よし、分かった」


 あたしの言葉に相埜先輩がキーボードを叩いた。すぐにあたしのゴーグルに設定が送られ、猫獣人への変身プログラムが設定される。

 いよいよ、変身が起動する。ごくりと生唾を飲み込んだあたしに、相埜先輩が短く言った。


「いくぞ」


 その言葉と同時に、エンターキーが押される音がする。瞬間、あたしの頭と腰に変な感触があった。

 この瞬間に、猫の耳と尻尾が生えたのだ。思わずあたしの身体がビクッと跳ねる。


「ひゃんっ!?」


 思わず上ずった声を出してしまうあたしに、呆れた様子で相埜先輩がため息をついた。


つやっぽい声を出すんじゃない」

「だ、だってぇ……腰が、変な感触で……」


 そんなことを言われる間も、あたしは腰に何か、普通にしていたら絶対に生えることのないものが生えている感触に落ち着かない。

 なんかこう、明らかな異物があたしの身体にくっついているのだ。頭に耳が生えてきているせいか、顔の横からではなく上から音が降ってくる感覚だ。これもまた慣れない。

 あたしをモニタリングしている相埜先輩が話を続ける。どうやらまだ生えきっているわけではなく、もう少し時間がかかるらしい。


尻尾が生える・・・・・・というのはそういうことだ。動物系なら無論のこと、精霊系でも尻尾のあるやつは多いんだぞ。慣れろ」

「な、慣れろって言われたってぇ……ひん……」


 容赦のない相埜先輩に、悶えながらあたしは返した。相埜先輩は生まれながらにこの変身の異能を持っているから大丈夫なんだろうが、あたしはこれが初めての変身なのだ。慣れるもなにもない。

 1分ほど経って、頭と腰のムズムズする感じが収まった。どうやら耳と尻尾の生えるのは終わったらしい。


「ふ、ぁ……お、終わり、ですか?」

「ああ、右側に鏡があるだろう、見てみろ」


 相埜先輩の言葉に従い、右を向くと。そこには大きな鏡に映る3Dモデルのあたしの姿があった。

 思えばいつの間にあたしの3Dモデルを用意したんだ、という話ではあるが、まぁそんなに変な外見をしているあたしではないので、パーツを組み合わせればなんとかなるんだろう。

 そして、あたしのショートボブの茶髪から白と茶色の三角耳が生えて、スカートの上からスラリとした白、黒、茶の三色がまだらになった尻尾が生えていた。どうやら今のあたしは三毛猫の獣人らしい。


「うわ、ほんとに生えてる……」

「触ってみろ、感触もあるだろう」


 相埜先輩に言われるがままに、腰の尻尾を触ってみる。と、グローブを通してあたしが触っている尻尾のふわふわ感や、毛並みの柔らかさが伝わってきた。

 本当に、猫を撫でているような感じだ。


「ふわぁ……柔らかい……はぁ……」


 これがあたしから生えているのだ、というのがなんだか感動的で、思わず吐息が漏れてしまう。と、呆れた様子で相埜先輩が言ってきた。


「甘い声を吐いてどうした、発情したか」

「はっ、バッ、相埜先輩!! 人を犬か猫みたいに――」


 突然に発情とかぶっこまれて、思わず声を荒げる。と同時にあたしの尻尾が膨らみながらピーンってなった。その尻尾が伸びるのも、もちろん鏡に映っているわけで。

 犬か猫みたいに言わないでほしい、と言おうとした今のあたしは、どこからどう見ても猫だ。


「……猫でした」

「猫だろう、獣人だという自覚を持て」


 相変わらず呆れた様子で話す相埜先輩だ。そう話をされる間にも、あたしは耳を触って、尻尾を触っている。ようやくこれらがあたしの身体から生えていることにも、違和感を感じなくなっていた。

 と、その様子を見ていたか、相埜先輩があたしに言ってくる。


「だが、あまりその姿に引っ張られすぎるな。今はまだ素体の姿を残した段階の変身だが、完全に人外になって、元の姿を忘れてしまっては困る」

「そ、そうですよね……」


 その話に、あたしはこくりとうなずいた。確かに訓練の段階から元の姿を忘れて、人間に戻れなくなったら大変だ。実際にチョーカーを使うどころではない。

 相埜先輩がキーボードを叩きながら話を続ける。


「だから、1回の変身時間は最長でも……そうだな、競技の内容次第になるが2時間程度までに留めろ。そのくらいにしておけば忘れることは無いだろう」

「わ、分かりました」


 先輩の話にあたしは素直にうなずく。確かに2時間くらいなら、人間の姿を忘れることもないだろうし、スポーツの試合とかもその間に終わらせられる。

 マラソンとかトライアスロンとかの長時間のスポーツはやる予定がないし、そもそも異能者が数時間もスポーツに時間をかけることはない、大丈夫だろう。

 納得したところで、部屋の中に相埜先輩のモデルが姿を現した。どうやらモニタリングしながらこの訓練用ワールドにログインすることも出来るらしい。


「よし、次は維持の訓練をするぞ。その変身を保ったまま、室内を歩き回って壁のツールをいじれ。何もしないのも暇だろう」

「分かりましたー」


 そう言いつつ相埜先輩が示したのは鏡の横にある壁だ。そこにはお絵描きツールとかパズルとか、そういったものが設置されている。先程出現させたらしい。

 そちらの壁に歩いていきながら、あたしは自分の尻尾がゆらゆら揺れるのを感じていた。

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