第15話 二人会話

 紅茶の入った紙コップに口をつけつつ、相埜先輩があたしに問いかけてくる。


「和山。そもそもお前、異能甲子園に行って何がしたかった」

「何が……ですかぁ」


 それを問われて、小さく眉尻を下げるあたしだ。何がしたいか、ということについてはある程度、イメージは出来ている。イメージは出来ているが、言葉にするとなると難しいものだ。

 しばし頭を悩ませてから、あたしは紅茶を口に含み、飲み込んでから言った。


「私、あれなんですよ。ずっと、異能力者ホルダー無能力者ノーマルの橋渡しになることがしたくて」

「ほう」


 橋渡しになりたい。それが昔からの夢であり、目標だった。無能力者ノーマルだから、異能力者ホルダーだから、ということで区分けされがちな人間を、繋ぐようなことがしたい。異能甲子園に参加することは、あたしにとってそういう意味でも大事なことだ。

 小さく声を漏らす相埜先輩に、訥々とつとつとあたしは話を続ける。


「異能甲子園って、異能力者ホルダーの皆さんが力を発揮して頑張る大舞台ですけれど、無能力者ノーマルの皆さんも見て楽しめるわけじゃないですか、ものすごくハデだし、楽しいし」

「まあな」


 あたしの言葉に、相埜先輩は相槌を返してくれる。それがとても有り難かった。この人は愛想が悪いように見えるけれど、人の話はちゃんと聞いてくれるのだ。

 紅茶の紙コップを両手で握るように持ちながら、あたしは口を動かす。


「そこでマネージャーとして、参加する出場者のサポートとか出来たら、って思ってたんですよ。無能力者ノーマルだからこそ出来るサポートもあると思ってましたし……」


 無能力者ノーマルだからこそ、異能力者ホルダーが見逃しがちなところに気がつけるかもしれない。無能力者ノーマルだからこそ、異能力者ホルダーが疎かにする部分をサポートできるかもしれない。あたしはそう考えていた。

 だからあたしは、将来的にはジムのインストラクターとか、ヨガの先生とか、そういう身体的な面の指導、サポートをする職業に就きたいな、と考えている。そういう意味でも、異能甲子園に関わったという事実は大きく働くはずだ。

 それなのに、そのきっかけを目の前であたしは絶たれてしまったわけなのだ。


「でも、そのサポートも許されないってことだったから、どうしようかなって思ってて。運動部じゃないと運営スタッフにも入れないじゃないですか」

「まあ、そうだな」


 あたしが悔しさをにじませながら言うと、相埜先輩が紅茶を啜りながら言った。

 相埜先輩も異能力者ホルダーだ。おまけにこの学校に60年以上通っている重鎮だ。当然、異能甲子園にも詳しいわけで。

 紙コップの縁を触りながら、相埜先輩が話す。


「確かに、巽山からも異能甲子園には人員の派遣がある。だがその派遣人員も異能力者ホルダーに限定され、異能発動の余波に依る事故防止のため、無能力者ノーマルは観客席にしか入れない。そういう決まりだ」


 紙コップの縁から、周辺の紙部分へ。指を動かしながら相埜先輩は語る。

 そう、異能甲子園に関われるのは、何度でも言うが異能力者ホルダーのみ。運営スタッフのお手伝いとして異能開発学校から人員派遣はあるものの、これも行けるのは異能力者ホルダー、それも運動部所属者のみだ。文化部で関われるのは吹奏楽部くらい、しかし観客席からの応援に限られる。

 正直、これではあたしの目的は達成できない。あたしは異能力者ホルダー無能力者ノーマルの橋渡しがしたいのだ。高い防護フェンスに阻まれた状態では、それは叶わない。

 と、ここで相埜先輩があたしを見てにやりと笑った。


「だが、そのルールにも穴が一つある。入場の際に・・・・・異能力者ホルダーと判定されて・・・・・・運動部の一員として・・・・・・・・・認められていれば・・・・・・・・異能力者ホルダーとして入場が認められる・・・・・・・・・・・、ということだ」

「あっ」


 そう話しながら相埜先輩が触れるのは紙コップの縁、紙と紙の繋ぎ目のところだ。

 異能甲子園の会場にはその名の通り阪神甲子園球場が使われるのだが、異能力者ホルダー無能力者ノーマルかを判別するためのセンサーが入り口にある。逆に言うと、そのセンサーを異能力者ホルダーとして突破できれば、異能力者ホルダーとして行動できるのだ。

 センサーを通過した後は、異能力者ホルダー側の受付と無能力者ノーマル側の受付に分かれて入場する。そこで異能力者ホルダーであることを示すリストバンドを貰ってしまえばいいのだ。


「そっか。入場する際に検査ゲートがあるんですもんね。中で検査しているわけじゃないし」

「そういうことだ。入場後に検査する設備があるわけではない。異能力者ホルダーとして入場できさえすれば、異能力者ホルダーとして行動できるわけだ」


 あたしの言葉に、もう一度相埜先輩が紙コップに口をつける。中の紅茶をぐいと飲み干してから、相埜先輩はあたしを見てにやりと笑った。

 いたずらっぽい、含みのある笑みだ。しかしその笑みにはずいぶんと、確信めいた自信が見えている。


「だが、どうせ異能力者ホルダーとして入場するなら……検査を騙すような真似をするのではなく、異能力者ホルダーとして舞台に立ちたくないか?」


 相埜先輩の発した言葉に、あたしはこくりとうなずいた。

 これでも中学時代はバスケ部のエースだったのだ。大舞台で活躍することの喜びはよく知っている。あたしは、スポーツマンとして異能甲子園の舞台に立ちたい。立って、活躍したい。


「立ちたいです」

「そうだろう」


 あたしの答えを聞いて、相埜先輩も満足そうにうなずいた。

 立ちたい。競技に出たい。無能力者ノーマルだからと馬鹿にされることなく、あたしの、あたし自身の力を存分に発揮したい。これは、スポーツマンとしての本能とも言えた。

 あたしの瞳を見つめ返しながら、相埜先輩がきっぱりと言う。


「お前ならそれが出来る。出来ると信じている。『無能力者ノーマルに異能を安全に後付けする』という俺の研究は既に完成を見ているが、それを真に完成させられる、そう思っている」


 先輩の言葉に、あたしもきりりと目尻を持ち上げた。こうまで言われたら真剣にもなる。

 相埜先輩の「無能力者ノーマルに変身系異能を安全に後付けする」研究の完成にも興味はあるが、それより何よりあたし自身の夢のために。

 と、そこでメタルラックの柱にくっつけられていたキッチンタイマーが音を鳴らした。15分経過の合図だ。


「あっ」

「ふむ、15分経ったか。見てみよう」


 あたしが声を上げると、相埜先輩も立ち上がる。キッチンタイマーのアラームを止め、サンプルを滴下した紙を取り上げた。と、それを見た相埜先輩が目を見開く。


「ほーう。和山、見ろ」

「どうなってるんですか? これ……」


 感心したように声を上げる相埜先輩が、紙をあたしに見せてきた。そこには若干歪な正方形・・・・・・・のような、チャートが出来上がっている。サイズは結構大きいように見えた。

 四角形に指を置きながら、相埜先輩が説明を始めた。


「先程滴下した溶液が色を持って、四角形を作っているのが分かるか。これがそのまま、そいつの適性を見るチャートになる」


 その指が、四角系の四隅を順々に指し示す。これを見ると、全ての点が引かれたラインの真ん中を超えていた。中でも下向きの線に沿った点が、一番中心から離れているようにみえる。

 その一番離れた点をトンと叩いた相埜先輩が、嬉しそうに笑みを見せた。


「これを見る限りでは、お前はどの系統の異能にも平均以上の・・・・・才能を発揮できるだけの素質があるらしいが、中でも精霊系に向いているらしいな。精霊系の素質持ちは多くないんだぞ」

「へぇー、すごい」


 説明する相埜先輩に、感心するようにあたしは漏らした。

 まさかあたしに、こんなに豊富な適性が眠っているとは思わなかった。なんでこれで異能が発現しないんだか不思議だが、これについては「異能に目覚めるための才能がない」と断じられているので仕方がない。

 チャートに視線を落とすあたしを見ながら、相埜先輩が軽く肩を小突いてくる。


「おい和山、お前は本当に無能力者ノーマルなんだろうな? これで才能が開花していないだけの異能力者ホルダーだ、なんてことになったら俺は卒倒するぞ」

「な、無いですってそんなこと。それだったら異能力者ホルダーでの入学になるじゃないですか」


 先輩の軽口にあたしも返事を返しながら、しかしあたしはあたしの適性を示すチャートから目が離せないでいた。

 これは、幸先がいいかもしれない。そんな事を考えながら、あたしは自分の才能を示す紙をまじまじと見つめていた。

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