第14話 適性検査

 あたしが決意を固めたところで、変身を解除して人間に戻った相埜先輩が人差し指を立てながら改めて、説明を始めた。


「さて、和山。協力してくれることに感謝はするが、協力を申し出たからこそ俺は容赦も妥協もしない。その為に、お前の適性・・を見させてもらう」

「適性……?」


 さらりと話された単語に、あたしが目を丸くする。確かに今まで、異能発現検査でもその言葉を目にしてきた記憶はある。しかしそれは発火系、冷却系、みたいな大別しての異能の適性についてで、その一つ一つの中に更に分類が分かれていて、それぞれに適性があるとは思ってもみなかった。

 あたしが意図を掴めないでいると、相埜先輩が人差し指を立てていた右手をパッと開いた。五本の指をそれぞれ左手で触りながら、静かに説明を重ねる。


「変身系異能に対する適性と、どの系統の変身がお前に向いているかの適性だ。動物系どうぶつけい無機物系むきぶつけい精霊系せいれいけい外界系がいかいけい……一人が変身できるものは、その四系統のどれか一つに絞られる」


 その言葉を聞いて、あたしはなるほどと納得した。

 変身系異能力者ホルダーの変身系統は家系によって決まっており、その家で発現する変身系異能はどれもが同じ種類になる、というのが基本だ。稀に母親の家系から入ってきた異能が隔世遺伝的に発現することもあるらしいが、大概は父親の異能を引き継ぐ形になる。

 そして、その変身する先の生き物だとか存在だとかは、四つのカテゴリに分かれるのだ。それが相埜先輩のさっき話した4つである。

 相埜先輩が狼獣人になったままの陸翔君を指さしながら話を続けた。


「例えばそこの神谷は『狼』だから動物系。俺は『龍』だから精霊系。そういう具合に分かれていくわけだ。その系統の中でなら何にでもしてやれるが、系統を跨いでの上書きは出来かねる」


 その説明を聞いて、なるほどとうなずくあたし達三人だ。つまり陸翔君だったら動物系の変身に適性があり、相埜先輩だったら精霊系の変身に適性がある。それと同じようにあたしにも、何らかの適性が備わっている、ということだ。異能の発現がないだけであって。

 と、そこであたしは遮るように手を挙げる。今の話で、聞き慣れない言葉があったのだ。


「あ、あの、動物とか無機物とか、精霊とかはだいたい分かるんですけれど……外界って、なんですか」


 そう、先程相埜先輩の分類の説明にあった、「外界系」という変身系統である。正直あたしも、この変身系統には聞き覚えがない。

 変身系異能を持つ異能力者ホルダーがそもそもそんなに多くないというのもあるが、変身系異能力者ホルダーは半分くらいが動物系。残り半分を精霊系と無機物系が占める。

 外界系は、直接目にしたことがあるどころか、存在すらあたしは知らなかった。

 あたしの言葉に、額を触りながら相埜先輩が言う。


「邪神とか、魔物とか、異世界、異次元からの来訪者みたいなもんが外界系だな。魔物とはいえ獣人みたいな、動物モチーフだと動物系だが」


 その言葉を聞いてぎょっとするあたしだ。つまるところ、動物でもなく無機物でもなく精霊でもない、どれにも分類されない、され得ないもの、それが外界系ということか。

 それは数が少なくて当然だ。大概の存在は何かのモチーフがあって、それを元に分類されている。空想の生き物だって動物系、無機物系、精霊系にたくさん存在するのだから、分類がそもそも間違っていると言うことだってあるかもしれない。

 目を見開いて固まるあたしの隣で、尻尾を振りながら陸翔君が声を上げた。


「えっ、じゃあ相埜先輩、動物系の中でなら何でもってんなら、俺を『虎』とか『熊』とかに出来るってことっすか!?」

「そうなるな。動物系は適性持ちが多いから作ってあるぞ、試すか?」


 興味津々といった様子の陸翔君に、相埜先輩がさらりと返した。たしかに動物系なら、色んな人が適性を持っているだろうから試しやすいだろう。すぐに使えるチョーカーを用意していてもおかしくはない。

 試したくてウズウズしているといった感じの陸翔君だが、すぐさま壁の時計に目を向けた。3時50分。


「う、き、気になるっす……でも俺、そろそろ帰る支度しないとなんで、今度でいいっすか!」

「あ、そうだ、私も美術部見に行かなくちゃ……和泉ちゃんごめんね、また明日!」


 悔しそうに話す陸翔君と、そこでハッと気が付いた様子の玲美ちゃんが声を上げた。そう、二人はこの後それぞれの用事があるのだ。陸翔君は稽古があるし、玲美ちゃんは美術部の見学にいかなくてはならない。

 足早に異能開発部の部室を飛び出していく二人に、あたしも慌てて声をかけた。


「あっ、うん! 陸翔君も玲美ちゃんもありがとう!」


 本当に、同行してくれてありがたい。いい友人を持てたものだと思う。あたしの言葉にさっと手を挙げながら、二人は相埜先輩に目線を向けた。


「すんません相埜先輩、また今度遊びに来まっす!」

「ありがとうございました!」


 礼の言葉を言ってから、二人は扉を開けて廊下へ。バタンと勢いよく閉じられた扉から視線を外し、相埜先輩が小さく鼻を鳴らした。


「ふん……さて、和山。早速適性検査を行う。ついては、ここに手を出せ」

「ここ……って、このテーブルの上に、ですか?」


 早速動き出した相埜先輩が、ソファー前のテーブルに指を向けた。

 特に何の道具も置いていない、ただのローテーブル。そこにあたしが手を置くと、相埜先輩は何でもないことのように言ってきた。


「そうだ。お前のを、一滴だけ貰う」

「うぇっ」


 そう発しながら相埜先輩が取り出したのは、紛うことなき注射器だ。こんなところにあって大丈夫なのか。いやそもそも、血を貰ってどうしようというのだ。

 異能発現検査の血液検査を思い出して身体が強張るあたしの手首を、相埜先輩の左手が掴んだ。


「そら、動くなよ」

「っ……」


 そう言いながら相埜先輩は容赦なく、あたしの手首をアルコールティッシュで拭って針を刺す。痛みが来るのでは、と目をぎゅっとつむるあたしだが、待てど暮せど痛みはちっとも襲ってこない。


「え……あれ?」

「何を緊張している、もう終わったぞ」


 あたしが恐る恐る目を見開くと、既に注射針を抜き終わってあたしの手首に絆創膏を貼っている相埜先輩と目が合った。

 その手の中の注射器には、たしかに血が入っている。いつの間に抜かれたんだ。


「すごーい、全然痛くなかったです」

「最近の注射針は進化しているもんだ。痛点を外して打ち込めば痛みはない」


 あたしが感動の声を発すると、相埜先輩はそう話しながらソファー向こう、壁際の机に向かった。何やら薬剤を取り出して、それを試験官に注ぎ、あたしの血をその薬剤に落とす。

 残りの血をバイアルに移してから、相埜先輩がこくりとうなずいた。


「サンプルは取れた。あとはこれを加えて……よし」


 バイアルを冷蔵庫にしまうと、その冷蔵庫からまた何かの薬剤を取り出す。それを試験官の中に一滴落とすと、中の液体が鮮やかなブルーに染まった。

 その試験管を揺らして混ぜて、均一になったところで相埜先輩はこちらに戻ってきた。その途中で棚から一枚の紙を持ってくる。


「今から適性検査を開始する。この紙の中心点にサンプルを落とせば、それが広がると同時にレーダーチャートを形成する。中心点から離れているサンプルほど、お前に適している、ということだ」

「へー……」


 紙には中心に円形のマークがあり、そこから四方に伸びるように線が引かれていた。線の先には四つ、マークが描かれている。これがそれぞれの系統を示している、ということらしい。

 相埜先輩が駒込ピペットを手に取った。試験管の中の液体を少量吸い上げ、紙の中心点の真上に位置を定める。


「3、2、1……滴下」


 液体を落とすと、円形のマークの中に青い液体が染み込んで広がった。ここから時間をかけて、あたしの血が混じった液体がこの紙に広がっていく、というわけだ。

 ほっと息を吐いた相埜先輩が、ピペットを試験官に入れながら立ち上がる。


「これであとは待つだけだ。15分ほど結果が出るまでかかるから、その間は茶でも飲んでいろ。今淹れてやる」

「あ、ありがとうございます……」


 そう言われて、そっと頭を下げるあたしだ。まさか本当にお茶を淹れてくれるとは。なんだかすごいお茶が出てきそうな気がして、今からちょっと怖い。

 部室の隅に置かれた電気ポットの前に行き、そこから紙コップを二つ取って相埜先輩が給湯ボタンを押す。紙コップには既に紅茶のティーバッグが入れられていた。

 湯が入り、紅茶が抽出され、赤く色づいた液体で満ちた紙コップを相埜先輩が持ってくる。一つを受け取ると、ぽかぽかと温かかった。

 紙コップを手に持ちながら、相埜先輩がどっかとソファーに腰を下ろす。


「さて……ただ茶を飲んでいるだけ、というのも暇だからな。少し、話でもするか」


 そう言うと、相埜先輩がずずっと淹れたての紅茶を啜った。

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