第13話 開発決断

 相埜先輩の話に、あたしも、陸翔君も、玲美ちゃんも目を白黒させて口をぽかんと開けていた。開けざるを得なかった。


「せ……」

「選手として、って、マジっすか、相埜先輩」


 陸翔君が信じられない、というような顔をして話す。玲美ちゃんに至っては完全に言葉を失っていた。正直あたしも、口から言葉が出てこない。

 相埜先輩があたしの肩に手を置いたまま、自信満々に話す。


「俺は和山なら可能だと思っている。運動部所属者ゆえの基礎体力、高い意欲、何より異能力者ノーマルであるという事実。これなら、俺の研究を真に完成させられると思っている」


 すごく確信めいた言い方をしてくる相埜先輩が、あたしから離れるように歩きながらさらに言った。


「異能甲子園は異能力者ホルダーの誰もが目指す、異能の祭典だ。そこに無能力者ノーマルが異能を携えて旋風を巻き起こす……面白くなりそうだとは思わないか?」


 そんな事を言いながら、こちらに振り返りにやりと笑う相埜先輩。ようやく気を持ち直したあたしだが、これはこれで言葉に詰まる。


「そりゃあ……面白いっちゃー面白いと思いますけど……」


 陸翔君も悩む表情をしながら言葉を返した。確かに面白いとは思うが、あまりにも現実味に欠ける話だ。

 玲美ちゃんがおそるおそる、あたしに声をかけてくる。


「和泉ちゃん、大丈夫? この人の話、信じるの?」

「うーん」


 彼女の問いかけに、あたしは口をとがらせて唸った。

 信用できるかと言ったら、出来ない。しかしこんなに相埜先輩が自信満々に言ってくるということは、何かの裏付けはあるはずだ。

 疑念を振り払うように、あたしは相埜先輩に問いかけた。


「相埜先輩、もしここであたしが嫌だ、って言ったら、どうするんですか?」


 あたしの質問に、相埜先輩は腕を組んだ。ため息をつきながら話す。


「さらに研究を重ねるだけだ。お前以外の無能力者ノーマルの新入生、お前の隣にいる女子も含めると7人か、声はかけるかもしれんが期待はしていない。どうせ、机上の空論・・・・・だと一笑に付されるだけだからな」


 そう話しながら、相埜先輩は口角を下げた。その口調はどことなく寂しそうだ。

 確かに、そうなるだろう。こんなに熱烈に勧誘されているあたしでさえ、信ぴょう性がない話をしていると思っているのだ。あたし以外の生徒に声をかけたら、きっとあたし以上に信用しないで、相手にされないことだと思う。

 どの道、相埜先輩はダメ元なのだ。話に乗ってくれる無能力者ノーマルがいれば万々歳、なのであろう。


「うーん……あたしが嫌だと言っても、あんまり意味は無いのかぁ」

「無いな。俺にはいくらでも時間がある」


 相埜先輩に言うと、彼は何でも無いことのように返してくる。さすがは『龍』といったところ、だろうか。

 疑問の一つは解消した。あとはもう一つだ。本当に変身系異能をあとづけする研究が完成しているのか、あたしは知らないとならない。


「あともう一つ、いいですか。さっき、研究を完成させた、って言ってましたけれど、それは本当なんですよね?」

「ああ。見るか」


 問いかけると、相埜先輩は自分のブレザーの下、ワイシャツにつけているループタイを外した。襟のボタンを外して、首を見えるようにしてその下を見せてくる。


「これだ」

「その……首に巻いてるやつですか?」


 そこには黒い皮みたいな素材でできた、幅の太いチョーカーが巻かれていた。複雑な模様が細く光を発していて、どことなくファンタジーっぽさを醸し出している。

 と、相埜先輩が自分の首を指さしながら、陸翔君に声をかけた。


「神谷。お前の『鼻』なら判別が出来るだろう。俺のにおいを嗅いでみろ」

「え? んー……」


 言われた陸翔君は不思議そうに首を傾げながら、相埜先輩に顔を近づけた。何度か鼻をふぐふぐさせると、何かに気がついたのか陸翔君が目を見開く。


「あれ? これ……『じゃない・・・・。なんだ……『麒麟きりん』か?」


 陸翔君が発した言葉に、あたしも玲美ちゃんも目を見開く。

 『麒麟』とは。精霊系の一つの分類、かなり高位の幻獣だが、しかし相埜龍信の本来の異能は『龍』であるはずだ。


「麒麟?」

「あれ、でも相埜の家の異能って『龍』だよね、誰も彼も」


 あたしと玲美ちゃんが顔を見合わせながら言うと、相埜先輩がこくりとうなずきながらループタイを戻した。


「そう、俺の本来の異能は相埜である故に『龍』だが、このチョーカーには『麒麟』の異能が組み込まれている。だからこの状態で異能を発動させると――」


 話しつつ、一旦言葉を切った相埜先輩。目を閉じて自分の額に拳を当てた瞬間、相埜先輩の頭から複雑な形状の角が伸びた。同時にその顔がたてがみのような毛に覆われ、そして鼻先が伸びる。みるみるうちに、相埜先輩は麒麟の獣人に変身した。


「こうなる」


 変身してみせた相埜先輩が、腰に手を置きながら小さく笑う。それを見たあたしと陸翔君が、揃って目を大きく開いた。


「うわ、麒麟だ」

「信じらんねー……異能が上書き・・・されている?」


 あたしが声を漏らすと同時に、陸翔君も呆気にとられた様子で話した。たしかにこれは、相埜先輩の異能が上書きされている状態だ。

 麒麟のひげを指で触りながら、相埜先輩が話す。


「このチョーカーを身に付けることで、装着者の元々持つ異能を上書きし、チョーカーに組み込んだ異能を身に着けさせることが出来る、という寸法だ。これを外したら異能は抜け、元に戻る……上書きにも戻すのにも、一日ほどかかるのが難点だがな」

「へえ……」

「すごーい……」


 相埜先輩の話に、あたしも玲美ちゃんも感嘆の声を漏らす。なるほど、上書きに時間はかかるし抜けるのもすぐではないが、デメリットがなく異能を身に着けられるようには出来ているようだ。

 ここまで出来ているなら、あたしとしては安心だ。はっきりと、相埜先輩に話す。


「分かりました、私でよければ、研究に協力します」

「和泉!?」

「和泉ちゃん……!?」


 あたしの言葉を聞いて陸翔君も玲美ちゃんも驚きの声を上げる。まさかこんなにすんなりと、あたしが同意するとは思っていなかったのだろう。

 しかしあたしはもう決めた。異能の開発に協力して、異能甲子園に出場する。夢に向かう一番の近道なのだ。この機会を逃す訳にはいかない。

 あたしの言葉に嬉しそうに、相埜先輩がうなずいた。


「それは有り難い。だが、うちに所属はしなくていいぞ。学年主任の水城には帰宅部で書類を出しておけ」


 その言葉を聞いてあたしもうなずいた。帰宅部で出しておいて、ここに出入りしたとして誰も文句を言わないだろう。それに帰宅部であるほうが、他の部活に助っ人なんかに行きやすいはずだ。

 あたしから視線を外して、相埜先輩が面食らっている陸翔君と玲美ちゃんに声をかけていく。


「神谷と、そっちの髪の長い女子。うちは別に部員を取ってるわけじゃない。他に参加したい部活があるならそっちに籍を置いて、こっちには気の向いた時に遊びに来る程度でも俺は許す。来たら茶くらいは出してやる」

「う……うっす」

「ありがとうございます……」


 言われた二人は、面食らった表情のまま返事をした。二人ともなんだかんだ、ここまで話を聞かされて関わっているわけなので。こう言われるのも必然なのだろう。

 さて、この先どうやって異能を発現させて、どんな異能を発現させていくのか。内心楽しみに思っているあたしだった。

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