第12話 異能開発

 引っ張られて引っ張られて、階段も下っていって、あたしが連れてこられたのは北棟の3階の端っこだった。

 北棟は4つある校舎の中でも小さくて、理科系の授業や異能訓練の授業などはこの棟の中で行われる。その実験室と廊下を挟んで反対側の扉の前、そこで足を止めた相埜先輩が、膝に手をついて肩で息をするあたしの背後に目を向けて言う。


「で、結局残り二人も来たわけか」


 振り向くと、そこではあたしと同じように肩で息をしている玲美ちゃんと、それに対して平然としながらも焦った表情をしている陸翔君がいた。


「だって……なんか、和泉ちゃん一人、放っておけなくて」

「そっすね……それに、あの相埜龍信がなんで和泉に声をかけたのか、気になるっす」


 玲美ちゃんが途切れ途切れに話すと、陸翔君もうなずいた。それは確かにあたしだって気になる。何も聞かされないでここまで連れてこられたのだ。

 と、相埜先輩が視線を前方に戻しながら、くいとあごをしゃくる。


「これを見れば分かる」

「これ、って……」


 そこにあるのは、扉だ。何の変哲もない手前開きの扉、そこには木製の古びた看板がかけられている。

 その看板に書かれている言葉は。


「『異能開発部いのうかいはつぶ』……?」


 そう、「異能開発部 部室」と書かれているのだ。

 周りの校舎がずいぶん綺麗なのに、この看板だけすごく古い感じがするし、文字も薄汚れている。非常に浮いている感じだ。

 玲美ちゃんも陸翔君も、不思議な顔をして看板を見ている。


「部、ってことは、部活?」

「部室、って書いてあるもんな……でもそんな部活、リストにあったか?」


 三人で顔を見合わせて、首を傾げるあたし達だ。疑問を抱きながら相埜先輩に目を向けると、彼は自信たっぷりにうなずいてきた。


「リストには載せていない。どうせ表立って部員も募集してないからな。だが、この部活動を維持することが、俺が在校生として籍を置き続けている理由でもある」


 そう言いながら、先輩は部室の扉のドアノブを握る。ギィ、というきしんだ音が微かに鳴った。


「ともかく、入れ」

「し……」

「失礼します」


 開かれた扉の中に入り、部室の中を覗き込む。と、そこにあったものはあたし達の予想を大きく超えていた。


「うわ……」


 そこは、学校の中にあるには明らかに異質で、異常な設備が目白押しだった。

 何台ものパソコンとモニター、巨大な3Dプリンター、たくさんのジャージのかけられたラック。それだけでもおかしいと分かるものだが、巨大な檻とか手枷とか、学校の中にあったら問題だろうと言わんばかりの物まで置いてある。

 これは、どう考えても並大抵の部活ではない。


「なん……っだ、これ」

「すごい……こんな設備が学内にあるなんて」


 陸翔君もあたしも、目を大きく見開きながら部屋の中を見ていた。部屋の隅に置かれたローテーブルとソファーの方に向かいながら、相埜先輩はあたし達に言う。


「俺の研究室だ。ここで俺は、『無能力者ノーマルに異能を身に着けさせる・・・・・・・・・・・ための実験と開発・・・・・・・・』を行っている。それ故の、『異能開発部』だ」

「は……っ!?」


 そして先輩が発した言葉を聞いて、まず真っ先に陸翔君が言葉を失った。あごが大きく外れている。

 何事だ、とあたしが問うより先に、陸翔君は片手でぱしんと頭を押さえた。


「有り得ねえ、なんだよそれ」

「陸翔君?」


 陸翔君の口調は、明らかにあり得ない、起こり得ないといった感じだ。あたしが首を傾げながら声をかけると、振り返った相埜先輩が陸翔君へと声をかけた。


「そっちの異能力者ホルダーは勘付いたようだな。さすがは『狼』の神谷、その直系というところか」

「そりゃあ、そうっすよ。うちの家族は大概が警察っすから」


 相埜先輩に首元を掻きながら陸翔君が返す。あっさりと彼が『狼』だと看破したあたり、やはり異能力者ホルダー同士ならそういうことはすぐに分かるらしい。

 状況が飲み込めていないあたしと玲美ちゃんへと、陸翔君は困った表情をしながら話し始めた。


無能力者ノーマルに後付けで異能を身に着けさせる研究は、日本だけじゃない、世界中でやってる。研究段階とは言え、成功例も出ているんだけどよ……その成功例のどいつもが、事故や事件・・・・・、それに近いことを起こしてるんだよ」


 そう話す陸翔君の表情は悲しそうだった。

 確かに、テレビで「異能力者ホルダーが事件を起こした」というニュースを聞かない日はほとんどない。もちろんそういう事件を起こす異能力者ホルダーに、生まれながらも後からも関係はないと言うが、後から異能を身に着けた方の異能力者ホルダーの方が、やっぱり事件の犯人になる比率は多いのだ。

 自然に異能が発現するタイプの異能力者ホルダーでもそうなるのだ。人為的に異能を身に着けさせたら、その傾向は余計に強まるだろう。


「あ……そうか」

「今まで持っていなかった、すごい力を持つことになるんだもんね」


 あたしと玲美ちゃんが納得したようにうなずいた。

 発火系とか運動機能向上系とか、既に異能開発の技術が確立されている異能はあるが、そうした異能ほど使い方によっては犯罪にも使えてしまう。だから異能開発は細心の注意を払って、開発後もしっかり開発を受けた人を追いかけないといけないわけだが、それがなかなか難しいのだ。

 納得するあたし達に、陸翔君がうなずきながら話を続ける。


「そう。それにここは変身系異能に特化した学校だろ。変身系異能は異能の中でも特に先天性の異能で、後付けが難しい……っていうか、先天的な変身系異能力者ホルダーと同じように運用するのは、ほぼ不可能・・・だって言われてる」


 そう話しながら、陸翔くんはスマートフォンを取り出した。画面を起動し、ニュースアプリを起動させて、さっさっと検索してから彼は画面をこちらに見せてきた。


「たとえば……ほら、この記事見ろよ」

「どれ? ……あっ、これ」


 スマートフォンを覗き込むと、そこには一つのニュースが表示されていた。千代田区の街中、路地から飛び出してくるライオンの姿。もちろん周囲にいた人達は逃げ惑い、遠巻きにスマートフォンを構えて写真や動画を撮っていた。

 そう、このニュースもあたしは見たことがあった。


「うん、あったあった。『都心の真ん中でライオンが突如出現』『路地裏から出現し、捕獲されて動物園へ』ってやつ」

「大騒ぎになってたんだよね」


 あたしが言うと、玲美ちゃんもこくりとうなずく。SNSでもかなり騒がれていたし、付近には立入禁止が敷かれていて、その地域の会社や学校にいる人は大変だったと聞いている。

 陸翔君が真剣な表情をしてうなずいた。


「そう。あれも変身系異能の後付け研究のせい……というか、数少ない後付け成功例の暴走、だって話なんだ。研究所の外でも異能を発揮せずにいられるかの訓練で、失敗したって話だ」


 いわく、そんな感じで訓練中に、異能が暴走して人間を辞めてしまった元人間、というのは往々にしているらしい。陸翔君によるとこの訓練で失敗するのは先天的な変身系異能力者ホルダーでもあるようで、神谷家にもそうして失敗して、完全な狼や狼の獣人になってしまった人達がいるんだとか。

 頭をしれっと狼の頭部に変えながら、陸翔君が説明を続ける。


「変身系異能の何が難しいって、変身した後の身体に頭が引っ張られちまう・・・・・・・・・・ことなんだよ。小さな動物になったらその分だけ脳味噌も小さくなっちまうし、大きな動物も別に脳味噌がでかいわけじゃない。それに、元々自分がどんな生き物だったか、忘れやすいんだ」


 陸翔君の説明を、静かに黙って聞いていた相埜先輩が満足そうにうなずき、うっすらと笑った。


「さすが、よく分かっているようだな」

「そりゃあ。伊達に『狼』として15年生きてねーっすよ」


 真剣な表情をして、陸翔君が相埜先輩に目を向けた。狼の頭のままだと、いつもの幼さがあって優しげな彼とは、雰囲気がだいぶ変わる。

 その狼の目をキッと吊り上げながら、陸翔君が口を開いた。


「相埜先輩、さすがに俺も、和泉を使って変身系異能の後付けの開発をしたいってんなら止めるっすよ。入学直後で動物や獣人から戻れなくなりました、なんてなったら、和山のおじさんやおばさんが泣いちまう」


 鋭い歯をむき出して、唸るように声を発する陸翔君に、相埜先輩は呆れたように肩をすくめた。


「侮るな、神谷。俺がどれだけの時間、巽山に在籍していたと思っている」


 その言葉に、陸翔君の口がわずかに開いた。ぽかんとする彼に、あたしに、玲美ちゃんに聞かせるように、部屋の中をゆっくり歩きながら相埜先輩は話す。


「50年か、60年か、あるいはもっとか。俺は時間をかけて、安全に変身系異能を身に着けさせる研究を完成させた。しかし協力してくれる無能力者ノーマルなんてちっともいない。そこに現れたのがお前だ、和山」


 そう言ってから、相埜先輩はあたしの前に立った。そしてその手が、あたしの肩にそっと置かれる。


「どうだ。マネージャーとしてではない、選手として・・・・・、異能甲子園に出たくないか、和山和泉」

「え……」


 だが、その直後に発せられた言葉に、あたしは文字通り言葉を失った。

 マネージャーとしてではなく、選手として、だって?

 あたしだけではない、陸翔君も玲美ちゃんも目を大きく見開いている。陸翔君など腰から生えた尻尾が立って、めちゃくちゃ膨らんで太くなっていた。

 どういうことだ。先程までの話以上に話が見えてこない。

 結果として。


「えぇぇぇっ!?」


 あたし達三人は全く同時に、あらん限りの大声を張り上げて、驚きを表明するのだった。

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