第11話 部活探索

 ホームルームが終わって、教室からどんどん生徒が出ていく。もちろん、部活動を探すためだ。

 そんな生徒たちに混じって、ため息を付きながらあたしも教室を出る。運動部に所属してマネージャーになる目的が絶たれたからといって、何もしないのは気持ちが悪い。

 教室から廊下に出たところで、陸翔君が後ろから追いかけてきて肩を叩いてきた。


「おい和泉、部活探しに行くんだろ。付き合うよ」

「え、でも陸翔君、いいの? あたしが一緒じゃ勧誘の声なんて」


 随分軽い調子で話す陸翔君に、あたしは眉を下げつつ言った。

 何しろ動物系でも上位に位置する『狼』である。いろんな部活から声がかかることは想像に難くない。

 だが、陸翔君はゆるゆると首を振りながらあたしの隣に並んだ。


「大丈夫大丈夫、俺、部活はやんないつもりだからさ」

「そうなんだ!? もったいなーい」


 その言葉にあたしは驚きを隠せなかった。まさかの帰宅部宣言とは。

 あたしの声に、困ったように陸翔君が言う。


「部活している余裕はねーんだよ、俺。学校終わりは毎日稽古・・してるから」

「あ、柔道と合気道、やってるんだっけ。そっかー……大変だね」


 諦めたように話す彼に、息を吐きながらあたしは返す。

 ゆくゆくはお父さんの後を追って警察官になるつもりの陸翔君は、幼少期から武道をしていると彼の自己紹介で聞いた。毎日何かしらの稽古をしているらしいから、それは部活動など無理な話だ。

 と、廊下を歩くあたし達二人に、またも声がかかる。


「あ、和泉ちゃーん」

玲美れみちゃん?」


 こちらに声をかけてきた少女は、制服の襟の切り返しが白い。

 ホームルーム前にも話をした、1年2組の無能力者ノーマル田沼たぬま玲美れみだ。にこやかに微笑みながら、ポニーテールをゆらしつつ玲美ちゃんが言う。


「お疲れ様。ホームルーム、終わった?」

「うん。玲美ちゃんも、これから部活探し?」


 彼女の言葉にあたしも笑って返事をした。こうして廊下に出てきて、鞄を持ってないのならやることなど予想がつく。

 果たして、玲美ちゃんがあたしの横に並びながら口を開いた。


「うん。まああたしはもう美術部に行くって決めてるんだけど。あ、神谷君、一緒していい?」

「おう、俺はいいぞ。人数多いほうが楽しいだろ、こういうの」


 親しげに陸翔君に声をかける玲美ちゃんを、陸翔君も快く受け入れる。やはり、この親しみやすさは彼の武器だし、ありがたい。

 廊下をゆっくり歩き、周囲で話し合っている上級生と下級生に目を向けながら、あたしはぼやいた。


「決まってていいなぁ……やっぱり、運動部所属禁止は言われた?」


 何気なく玲美ちゃんに問いかけると、彼女は困ったように笑いながらうなずいた。


「うん。しょうがないよね、事故ったら学校の責任だもん」

「それは、ねー……でもなぁ」


 その言葉に、煮えきらない言葉を返しながらあたしは天井を見上げる。

 仕方ないのはその通りだ。事故が起こったら学校の責任になる。色々な対策が講じられていてもなお、無能力者ノーマルを巻き込んだ異能絡みの事故は多いのだ。

 悲しさを天井にぶつけるようにして、あたしは思わず大声を出す。


「あーーー、悔しいなぁ。異能甲子園いのうこうしえん、マネージャーになったら身近で見れるかも、って思ってたのに」

「あー……和泉ちゃん、好きだって顔合わせの時に言ってたもんね」


 あたしの嘆きに玲美ちゃんも困ったように目尻を下げる。顔合わせの自己紹介の時にも、あたしはさんざんに異能甲子園に行きたいと話したのだ。

 ともすれば運動部に所属してマネージャーとして参加して、毎年異能甲子園を見に行ける、と考えていたのに、これである。


「巽山高校に入学を決めたその日から、ずっと胸に抱いてきた夢が、開始前に砕け散るなんてさー……ないじゃん……」

「まあ、ほら、ドンマイ。吹奏楽部に入って応援側で駆けつける、とかもさ、あるじゃん」


 落胆するあたしの肩を、陸翔君が優しく叩いてきた。

 彼の話すとおり、吹奏楽部に所属してブラスバンドとして応援のために向かう、という手段もある。というよりそれが数少ない、あたしが取れる手段だ。

 問題は、楽器なんて全くの未経験である、ということだ。


「そうかもしれないけどー、あたし楽器演奏なんてやったこと無いしなぁ。中学はバスケ部だったし」

「あ、運動部だったんだ。あたしは小学校からずっと美術部ばっかりだったからなぁ」


 あたしの言葉に、感心した様子で玲美ちゃんが言った。陸翔君も興味深そうにあたしの言葉を聞いている。

 確かにあたしはバスケ部だった。全国大会に出たこともある。しかし、それは無能力者ノーマルの中での話だ。

 ため息が止まらないあたしに、玲美ちゃんが優しく話しかける。


「でも、いいなぁ和泉ちゃん。基礎体力はあるんでしょ」

「まあね、でも無能力者ノーマル異能力者ホルダーの基礎体力なんて、子供と大人のそれみたいなもんじゃん」


 その言葉にうっすら苦笑を返しながら、あたしは言った。

 異能力者ホルダー無能力者ノーマルの運動能力は、異能の種類に限らずかなりの開きがある。あまり運動能力向上に異能が直結しない未来視系でも、走れば何気に速いものだ。

 結果として、運動能力とバスケの腕前しか人に誇れるものがないあたしは、無能力者ノーマルの中でも際立って、取り立てて言うほどのものがないタイプなのだ。

 不意に、視線を感じてそちらを見る。無機物系の変身能力を持つことを示す黄色カラーの生徒が二人、こちらを見て笑いながらこれみよがしに言ってきた。


「おい、あれ和山和泉だろ」

「本当だ、こんな異能力者ホルダーの巣に放り込まれて、哀れだよなぁ」


 その、明らかにあたしを馬鹿にするような言葉に、うっすらと気持ちが悲しくなる。

 なまじ、中学時代はバスケで名を知られたあたしだ。ここではなく、別の学校に通っていれば、バスケ部に所属して才能を発揮できたのかもしれない。

 しかし、あたしの居場所はここにしかないのだ。

 立ち止まるあたしを庇うように、陸翔君があたしの前に立って口を開いた。


「おい、先輩たち。いくらこいつが無能力者ノーマルだからって」

「いいよ、陸翔君」


 そのまま先輩に言い返す彼の肩に、あたしはそっと手を置いた。首を振りながら力なく言う。


「あたしが無能力者ノーマルなのは事実だし、あたしが中学時代バスケで全国大会行ったことも事実だもん……スポーツ推薦受けられなかったのも、そうだし」

「和泉ちゃん……」


 落胆しながら、諦めたように話すあたしに、玲美ちゃんも陸翔君も何も言えない。なんなら顔も名前も知らない先輩たちも、気まずい空気になって何も言ってこない。

 彼らから目を背けるようにしながら、あたしは力なく天井を見上げてぼやいた。


「あーあ、でもなぁ。ここならもしかして、って思ってたんだけどなぁ、異能甲子園」

「まぁほら、気を落とすなって。きっとなんかのきっかけで――」


 そんなあたしに、いたたまれなくなったらしい陸翔君が話しかけてきたその瞬間だ。


「おい、そこの無能力者ノーマル女子の新入生」

「へ?」


 不意にあたしに、廊下の隅から声がかかってきた。

 声のした方を見ると、そこには明らかに誰かを遠巻きに人だかりが出来ていて、その人だかりの中心に青色の切り返しがある制服を着た男性があたしを見ていた。

 だが、何か雰囲気が違う。よく観察してみると制服がなんだか違うのだ。隣りにいる陸翔君や周囲にいる学生の制服とは、襟の形や生地の感じが古くさい。それより何より高校生らしからぬおっさんくさい雰囲気だ。

 その男子生徒とも呼べない男性が、あたしの方にずかずか歩いてきながら言ってくる。


「今、異能甲子園と言ったな。無能力者ノーマルながら、関わりたい意欲があってのものか」

「え、まあその、そう、ですけど」


 目の前までがっつり近づかれて、若干引きながらあたしがうなずく。そう言ったことは間違いではない。実際その気持ちもウソではない。

 だけど、その前に。この人は誰だ。

 あたしが困惑している隣で、陸翔君が震えながら目を見開き、その男性を見ながら叫んだ。


「ちょっ……まっ、あ、相埜あいの龍信りゅうしんじゃないっすか!?」

「えっ!? 相埜って、校長先生の!?」


 陸翔君が叫んだ名前を聞いて、あたしも目を見開く。相埜ってことは、間違いなくあの校長先生の関係者だ。

 ということはこの男性も『龍』の異能力者ホルダーだし、めっちゃ長生きの人だということになる。

 小さく震え始めるあたし達の前で、男性こと相埜先輩はあごをしゃくりながら自信ありげにうなずいた。そんな彼を見つめながら陸翔君が話す。


「そう。校長である相埜あいの龍聖りゅうせいの息子にして在校生、ずっと学生として在籍する、巽山に現存する生きた伝説……マジでいたんだ」


 陸翔君の発言に、あたしも玲美ちゃんもますます驚きで目を剥いた。相埜先生の息子ということは、絶対に在校生の年齢じゃないはずだ。それなのに在校生というのはどういうことだ。伝説なのは間違いなさそうだけれど。

 その伝説の人物扱いされている相埜先輩が、不満げに鼻を鳴らしながらまたもあたしとの距離を詰めてくる。


「俺の噂話はいい。おい無能力者ノーマルの新入生、髪の短い方。名前は」

「わ、和山です。和山和泉」


 聞かれて思わず、あたしは自分の名前を言ってしまう。ほとんど反射的に言ってしまったわけだが、それを聞いて満足した様子の相埜先輩が、あたしの手をむんずと掴んだ。


「和山だな。よし、ちょっと顔を貸せ。残り二人は興味があったらついてくる程度でいい」

「え、えっ!?」

「和泉ちゃん!?」

「おい、なんだよ!?」


 そのまま相埜先輩はあたしの手を引っ張ってどこかに走っていく。すごい力だ。運動経験者のあたしがちっとも抗えない。人波をかき分ける通り越して割っていくような勢いで進んでいく相埜先輩とあたし、そして取り残された玲美ちゃんと陸翔君。


「ど、どうしよう神谷君!?」

「とりあえず、行くぞ! なんかほっといちゃやべぇ気がする!」


 あたしの後方で二人がめっちゃ慌てているのが聞こえた。陸翔君と玲美ちゃんを置き去りにしながら、あたしは相埜先輩に引っ張られて廊下を爆走するのだった。

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