第10話 部活制限

 校舎内の見学を終えて、昼食を学食で取って、教科書と体育着を受け取ったあたし達に、水城先生がぽんと手を叩く。

 ちなみに学食はかなりお値段がお安く、おまけにごはんとお味噌汁はおかわり自由とのことだった。食べ盛りには大変ありがたい。


「よし、初回ホームルームはこんなところだな。お疲れさんだ、お前たち」


 そう話しながら、水城先生はあたし達全員に目を向けた。ホームルームは終わりだが、まだまだ時間には余裕がある。きっと何か、言わんとすることがあるはずだ。


「そろそろ解散になるが、なにか質問したいことはあるか」

「はい、はい先生!」


 問いかけてくる先生に、真っ先に手を挙げたのは窓際後ろの席、出席番号6番の円藤えんどう由希矢ゆきやだ。明らかにスポーツマン的な風貌をした、『鷹』に変身する異能を持つ彼が、待ち切れないという様子で口を開いた。


「円藤か。どうした?」

「あのっ、部活動にはいつ頃から参加できますか!?」


 先生の言葉にほとんど被せるような感じで、円藤君が質問を投げる。

 確かに、あたしも気になっていることだ。部活動にはいつから参加が出来て、募集はいつからいつまでやっているのか。兼部は出来るのか。

 あたし達全員がそわそわとしている様子を見て、水城先生が腕を組みながら言う。


「そうだな、お前たちも当然気になっていることだろう。巽山高校は部活動でも都内屈指の強豪校。異能開発校のみを対象にした国内大会でも、うちからの出場者が何度も優勝に輝いている。お前たちの中では高校時代の栄冠を目指して、うちに進学してきたやつもいるはずだ」


 そう話しながら水城先生が教壇の上を歩く。そのもったいぶった様子にあたし達のそわそわがますます高まっていく中、水城先生がこちらを見てにやりと笑った。


「ということで、喜べ。今日から・・・・部活動への所属を認める。先輩からの部活動への勧誘も、今日から解禁だ。掛け持ちも問題ない」

「今日から!?」

「マジですか!!」


 発せられた言葉に、円藤君だけではない、他の何人もの生徒が立ち上がって声を上げた。

 今日から部活動への所属が出来る。勧誘も受けられる。つまり、入学したての今日から部活動に邁進まいしんする日々を過ごせるのだ。

 喜びを爆発させながら、何人もの生徒が歓声を上げた。


「うぉぉ~~~!!」

「やったぁぁぁ!!」


 叫ぶように声を上げているのは1番の會田君だ。あたしの隣で34番、『猫又』の谷野やの美咲みさきも嬉しそうに飛び跳ねている。見れば、興奮のせいか変身しかけている生徒も何人かいた。

 生徒たちを落ち着かせるように手を動かしながら、水城先生が口を開いた。


「はしゃぐ気持ちは分かるぞ。だがな、注意事項がいくつかある。それを説明させてくれ」


 水城先生の言葉に、生徒たちが椅子を直しながら再び腰を下ろす。全員が席についたところで、水城先生が話し始めた。


「第一に。顧問やコーチ、監督の権限は基本的に絶対だ。お前たちがいくら異能力者ホルダーで、顧問やコーチや監督が無能力者ノーマルだったとしても、お前たちが歯向かうことは許されない。もしあまりにも顧問やコーチの横暴が過ぎる、ついていけないと思うんだったら、潔く退部するか生活主任のかがみ先生に相談しろ」


 話しつつ、しかし水城先生は厳しい口調で言った。

 確かに、異能力者ホルダーだからと偉そうな態度を取るような人はいる。しかし学校の中では上下関係はとても大事だ。異能力者ホルダーだから無能力者ノーマルに歯向かっていい、なんて考え方は危険極まりない。

 続けて水城先生が、自分の額をとんと指で叩きながら言う。


「第二に。部活動の最中における異能使用は許可するが、事故を起こしたら部活全体、ひいては学校全体の責任になる。保護具の着用、爪や牙、角や尾の防護カバーは忘れないこと。運動部だけじゃない、文化部でもそうだからな」


 その言葉に異を唱える生徒は一人もいない。それはそうだろう、日常生活の中でも常識に近いところだ。

 変身系異能力者ホルダーはその変身後の身体であちこち傷つけてしまわないよう、必要に応じて保護具や防護カバーの着用が求められている。特に角や爪は硬いし鋭いので、容易に他人や建物を傷つけてしまう。

 スポーツ系の部活だったら特に事故の元なのだ。これは大事なことだろう。

 と、そこで水城先生があたしに視線を向けた。


「最後に……和山」

「え、あたしですか?」


 急に名指しされて、あたしはきょとんとした。目を見開くあたしに水城先生は、少々申し訳無さそうな顔をしながら言った。


「そう、これは無能力者ノーマルのお前向けの注意事項だが……無能力者ノーマルの学生は、運動部への所属が禁止・・となっている」

「えっ」


 その言葉にあたしは言葉を失った。

 そんな、運動部への所属が禁止だなんて。運動部に所属できないということは、あの異能甲子園への参加が、事実上不可能だということだ。

 あたしは中学までバスケットボールの選手だったのだ。運動部での立ち振舞いは分かっているつもりだ。思わず立ち上がり、机に手をつきながらあたしは声を上げる。


「えぇーっ、なんでですか先生? そりゃあ、異能力者ホルダーと一緒に運動させるわけにはいかないのは分かりますけど……マネージャーとしてなら所属を認める、とかでもいいような」


 なんとか参加を認めてくれないか、と抗弁するあたしに、困ったように水城先生は首を振った。


「言わんとすることは分かる。だがな、変身系異能力者ホルダーが変身してその力を振るって活動する、その場に無能力者ノーマルがいるってこと自体が、事故のもとになるんだ。異能開発校のみを対象にした大会も、試合の現場に無能力者ノーマルが立ち入ることが禁止になっているが……これも、過去に事故とか事件とかが、色々あったから決まっていることだ」

「あ、うーん……」


 水城先生の言葉に、あたしは何も言えなかった。

 確かに先生の言う通りだ。無能力者ノーマル異能力者ホルダーと一緒の場所にいて運動すると、ちょっとしたことが大事故に繋がる。火の玉が飛んできて火傷をしたり、尻尾や角の先がかすって大怪我をしたり。

 過去にも結構、そうした形で発生した運動の場での事故はあるのだ。死亡事故だって当然のように起こっている。

 学校としては、そういう事故は当然避けたいだろう。結果として、「運動部の活動場所に無能力者ノーマルを入れない」という対応になるのも致し方ない。致し方ないが。


「だから、お前には悪いがな。部活動は文化部の中から探してくれ。運動部の二年生や三年生も、白カラーの新入生には声をかけないよう、きつく言われている」

「うぁー……はーい……わかりました……」


 がっくりと肩を落としながら、あたしはもう一度席についた。

 異能甲子園に間近で関わるというあたしの夢、それはもろくも崩れ去った。マネージャーとしての参加に一縷いちるの望みをかけて、この学校に入るまで夢を膨らませてきたのに。

 力なくうなだれるあたしに、谷野さんや渡井さんもどう声をかけたらいいか分からない様子だ。結果としてあたしはホームルームが終わってからもしばらく立ち上がれず、二人や陸翔君から励まされることになったのであった。

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