第9話 自己紹介

 クラス分けを確認して、あたしと陸翔君は二人並んで教室のある南棟の前に来ていた。この後は各クラスに分かれて、初日の初回ホームルームだ。

 つまり、パパとママは帰っていく。あとは生徒たちが学校内で行動していくというわけだ。


「これから初回ホームルームだったな」

「それじゃあ、私たちは帰るけれど……和泉、気をつけてね」

「はーい」


 パパとママの言葉に返事を返しながら、あたしはこくりとうなずいた。それを見てにこりと笑った二人が、陸翔君のお父さんと陸翔君へと顔を向ける。


「警視総監殿、これから三年間、何卒よろしくお願いいたします」

「神谷君も、よかったら和泉と仲良くしてあげてちょうだいね」


 パパは陸翔君のお父さんに、ママは陸翔君に、それぞれ言葉をかけながら頭を下げた。二人とも、当然分かっているとの様子でうなずきながら言う。


「もっちろん!」

「良い経験だと思って学びに励むといい。お互いにな」


 陸翔君のお父さんも、あたしに視線を投げつつ声を発した。そう、あたしにとっても、陸翔君にとっても、この三年間でお互いに交流していくのはいい学びになるはずだ。

 すると、陸翔君があたしの手を取った。そのまま校舎の中に手を引いて歩き出す。


「よし、教室に行こうぜ!」

「う、うん! じゃあパパ、ママ、行ってきます」


 それにうなずいて、あたしもすぐに歩き出した。同時に、パパとママに向かって手を振る。

 こちらに微笑みながら手を振るパパとママに見送られて校舎の中に入り、靴を脱いで上履きを履いた。1年1組の教室は、この南棟の5階だったはずだ。

 階段を登っていきながら、あたしは前を行く陸翔君に声をかける。


「陸翔君、そういえば、今更な話ではあるけれど……」


 あたしはやはり気になっていた。陸翔君と出逢ったのは入学前の三者面談の時だ。その時から彼は随分あたしを気に入って、あたしに親しくしてくれる。なんでなんだろう。

 と、あたしの考えを見透かしていたかのように、陸翔君が笑った。


「なんでお前に俺が、こんなによくしてくれるのか、だろ?」

「え、う、うん。でも、本当になんで?」


 先んじて言われて、あたしは戸惑いながら目を見開く。こういうところ、やはり只者ではない。

 あたしが問い返すと、陸翔君が顎に指を当てながら言った。


「そうだなー。理由は二つあってさ」


 軽く悩みながら、陸翔君は再び階段を登り始めた。5階まではまだまだある、足を止めていたら時間が勿体ない。


「一つは、父さんからよく言われてたからだよ。『自分たち異能力者ホルダー無能力者ノーマルから怖がられるのが普通だから、普段から優しくしなさい』ってさ」

「あー、そうなんだ」


 彼の言葉にあたしも声を漏らした。確かに、異能力者ホルダーを怖がる無能力者ノーマルは多いし、あたしのママもあたしが小さい頃は、「異能力者ホルダーを怒らせちゃダメよ」とよく言ってきたものだ。

 納得しながらあたしも階段を登っていく。


「そうだよね、あたしだって変身系異能力者ホルダーを怒らせたら、変身されて噛みつかれたり引っかかれたりしたら、いやだなって思うもん」

「だろ? そういうもんだもんな」


 そう話しながら、陸翔君もうなずいた。

 やはり、変身系の異能力者ホルダー、特に動物系の人は、牙や爪が鋭いし、とっさにそれを出してくることもあるから怒らせると特に怖い。陸翔君だってこんなに優しくしてくれるいい子だけど、変身したらあんなに大きな狼になるのだ。

 5階に到着して、階段から廊下に入りながら、陸翔君が指を二本立てた。


「あとは、やっぱりあれかな。和泉のにおい」

「におい?」


 陸翔君の言葉に、あたしはこてんと首を傾げた。陸翔君はたびたび、「いいにおいがする」って話しているが、どういうことなのだろうか。

 いまいち理解できていないあたしに、陸翔君がにっこり笑って言う。


「俺たち『狼』の家系がどうして警察官を代々排出しているかって言う話だけどさ、鼻が利くし耳もいいから、他の奴らでは感じることの出来ないものが分かるんだ。そいつの本性とか、頭の中の声とかな」


 話しながら、陸翔君はたびたび鼻をひくつかせていた。この廊下にもたくさんの生徒が行き来している。その生徒たちのにおいに意識を向けているのだろう。

 再び笑い、鼻をこすりながら彼は言った。


「で、俺は特に鼻が利くからさ。いいやつ、悪いやつ、すぐに分かるんだ」

「へー……あれ」


 感心したように声を漏らして、あたしははたと足を止めた。

 陸翔君と桧山君は幼なじみで、随分仲が良さそうで。ということは。


「じゃあ、桧山君と幼なじみなのも」

「へへ、ま、そういうこと」


 そう返して笑いながら、陸翔君は歩き出した。桧山君も無能力者ノーマルには当たりが強いだけで、本当はいい子なのかもしれない。

 と、廊下を歩いていたあたしの目に、「1-1」の看板が目に飛び込む。


「あ、ここだ」

「よし、行こうぜ」


 教室に入ると、既に大多数の同級生が教室の中で言葉を交わし合っていた。黒板には席順が掲示されている。一クラス40人、窓際から縦に7つ、廊下側の2列だけ6つ、席が用意されていた。


「着席は……五十音順か」

「じゃあ、あたしは一番後ろの端っこだ。うー、またかぁ」


 陸翔君と一緒に黒板を見ながら、あたしはぼやいた。

 出席番号が一番最後になりやすいあたしは、どうしたって席が廊下側の一番後ろになる。今まであたしより後ろの出席番号になる人と会ったことがないからいつものことだが、9番の陸翔君と席が離れてしまうのが、ちょっとだけ残念だ。


「わ行で和山じゃ、しかたねーよな」

「うん……まぁいいか、席替えあるかもだし」


 そう言葉を漏らしながら、分かれて自分の席に座る。その後も他の生徒たちが入ってきては自分の席に座り、チャイム。教室の開いた扉から、水城先生が入ってきた。


「よーし、全員揃ってるな? これからホームルームを始めるぞ」


 体格のいい身体をゆったり揺らしながら、水城先生が教卓の前に立った。あたし達生徒の顔を見ながら、水城先生が口を開く。


「じゃ、とりあえず……桧山。号令を頼む」

「はい」


 まずは号令をかけるわけだが、水城先生が目を向けるのは桧山君だ。やはり精霊系のトップに立つ家の子、教師としても無視は出来ないんだろう。

 果たして、桧山君が席を立ち、キリッとした声で号令をかける。


「起立!」


 その声にクラスの全員が立ち上がり、姿勢を正した。


「気をつけ!」


 次いでの号令に全員の背筋が伸び、そこから。


「礼!」


 一斉に、水城先生に向かって一礼。数秒頭を下げてから身を起こし、ばらばらと椅子に座るあたし達を満足そうに見て、水城先生がチョークを手に取った。


「よし。それじゃあ改めて。この1年1組の担任を務める、数学担当の……」


 手にしたチョークで黒板に名前を書いていく。「水城新太」の名前を書いてから、改めてあたし達に向き直った水城先生が微笑んだ。


「水城新太だ。今年の1年生の学年主任でもあるから、お前たちとは入学手続きの面談の時にも話してはいるだろうが、この1年間、お前たちの面倒を見ることになる。よろしくな」


 先生の言葉に、あたし達も表情を引き締めた。これから一年間、お世話になる先生だ。同時に学年主任だから、何かトラブルがあった際には別の意味でもお世話になるだろう。

 自分の名前を黒板消しで消して、再びチョークで黒板に記しながら水城先生が話す。


「この後の流れを説明するぞ。今日は自己紹介をしてもらった後、学内の案内と、担当教員の紹介をする。教科書と体育着の支給が終わったら、今日のホームルームは終いだ」


 この後は一人ひとりの自己紹介をしてから、学内を見て回り、教員の紹介を受けて、その後は必要な物品をもらって解散。一日目なのでこんなものだろうが、だとしても結構早い終わりだ。

 ともあれ、いよいよ自己紹介。生徒たちがざわつき始める中、窓際の一番前の席に座る大柄でスポーツ刈りの少年に、水城先生が目を向けた。


「よし、じゃあまず1番からいくか。會田あいだ

「はい! 1年1組1番、會田あいだ大智たいち! ゴリラに変身します!」


 指名された會田君が、席から立ち上がって声を張り上げた。やはり彼も変身系だ。どんな異能を使えるか、ということは、変身系異能力者ホルダーにとって重要なことらしい。

 そこから2番、3番とどんどん自己紹介は進んでいく。陸翔君も、桧山君も自己紹介を終えたところで、いよいよあたしの番が近づいてきた。

 どうしたものだろう。あたしは無能力者ノーマルだから変身できるものなど言えるわけがない。どう自己紹介をしようか悩むところで、あたしの前の席に座る渡井わたらいさんが席を立った。


「39番、『宝石獣』の渡井わたらい祐実ゆみです。精霊系で、宝玉獣カーバンクルになれます。よろしくお願いします」

「よし」


 うっすら緑がかった黒髪を長く伸ばした渡井さんが静かな声で自己紹介をするのを、あたしは心臓の高鳴りを感じながら聞いていた。いよいよ、あたしの番だ。

 小さくうなずいた水城先生が、いよいよあたしに目を向ける。


「じゃあ最後、和山」

「は、はい!」


 先生に声をかけられて、あたしは勢いよく立ち上がった。後方に弾かれた椅子ががたんと音を立てる。

 あたしに視線が集まる中、あたしはハキハキと声を上げた。


「1年1組40番、和山わやま和泉いずみ。人間です! 変身は出来ませんがよろしくお願いします!」


 人間である異能力者ホルダーを前に、人間だ、と自己紹介するのも変な感じだが、他に言い様がない。あたしは人間だし、人間以外になれないのだ。

 あたしの自己紹介を聞いた他の生徒達が、かすかにざわつき始める。


「人間?」

「あ、そうか。無能力者ノーマルの印があったっけ」

「ブレザーの切り返しも白だもんな」


 あたしの周りの異能力者ホルダーの皆が、小さな声で言いながらあたしに目を向ける。椅子を直して再び座るあたしを、一番前の席から桧山くんが視線だけ向けて見ていた。


「……」


 その射抜くような目線に身体を強張らせながら、あたしは姿勢よく椅子に座っている。どう思われているのかは分からないが、あたしに出来る精一杯はやった、そう思いたい。

 あたしが席についたのを確認した水城先生が、満足したようにうなずいた。


「そういうことだ。このクラスに所属する無能力者ノーマルは和山になる。体育の授業や変身術の授業はお前たちと一緒には受けないが、彼女もクラスメイトだ。しっかりやるんだぞ」

「はい!」

「はーい」


 先生の言葉に、クラスのあちこちから声が上がった。とりあえず、受け入れてはもらえたようだ。ほっと息を吐くあたしの前で、水城先生が黒板を叩く。


「よし、自己紹介が終わったところで校舎内の案内に行くぞ。まずは北棟からだ」


 この校内見学が終わるまでは、教室には戻ってこない。忘れ物がないかを確認しながら、あたしはゆっくり席を立った。

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