第8話 服装差異

 視線を巡らせると、そこには巽山高校指定のブレザーを身に付けた新入生がそこかしこにいる。

 男子はスラックス、女子はスカート、と決められているわけでは無い。女子でもスラックスを履いた人はいるし、男子でもキュロットスカートを履いている人はいる。

 そんな中で、あたしは新入生の一人、ブレザーにスカートを合わせて黒い長髪をポニーテールにまとめた女子生徒に声をかけた。


「あっ、あなた! 顔合わせの時にいたよね、田沼たぬまさんだっけ?」

「あっ、うん! よかったー、よろしくね。和山さんは何組?」


 振り向いた女子生徒の田沼たぬま玲美れみがあたしを見て笑顔を見せる。彼女も無能力者ノーマルだ。入学前の無能力者ノーマル同士の顔合わせでも隣の席だったから、自然と顔を覚えていたのだ。

 集団の中からあっさりと無能力者ノーマルである玲美ちゃんを見つけ出したあたしを見て、陸翔君が後頭部に手を回しながら言う。


「分かるもんなのかー。変身してなきゃ見分けとかつかないと思ってた」


 あたしが何のヒントも無い中で無能力者ノーマルを見つけ出した、という風に見えているらしい陸翔君に、ちらと視線を送ったあたしはにやりと笑った。

 全くのノーヒント、なんてことは、当然ない。ただ、異能力者ホルダーの人が気付かないところに、あまり目を向けないところにヒントが散らばっている、ということだ。

 からからと笑いながら、パパが陸翔君に言葉をかけた。


異能力者ホルダー用とは制服が違うからね」

異能力者ホルダー用はブレザーの襟の、切り返し部分の色が違うのよ。神谷君のブレザーは襟が黄色だけど、和泉のブレザーは襟が白いでしょ」


 ママも一緒に、陸翔君のブレザーに目を向けながら話す。

 巽山高校の制服のブレザーは襟の部分に切り返しがあり、そこが制服の種類によって色が分かれている。動物系だと黄色、精霊系だと青、という具合だ。

 そしてこの部分が、無能力者ノーマルだと白になっている。つまり制服の襟を見れば、それを身に付けている人がどういう系統の変身系異能を持っているのか、あるいは持っていないのか、一目で分かるのだ。

 陸翔君のお父さんが、腕を組みながら静かに話す。


「人間というものは、なにも変身した後の姿で他人を見分けるのではない。顔立ち、服装、髪型、アクセサリー……様々なもので他人を見分けるのだ」

「はー」


 お父さんの言葉に、陸翔君が息を吐き出す。変身系異能力者ホルダー、それも感覚が飛び抜けて鋭い『狼』の陸翔君だ。異能で変身した姿や異能の力で見極めるまでもなく、においや音でほとんどのことが分かってしまう。目で見て分かる違いなど、違いの内にも入らないんだろう。

 ふんと鼻を鳴らしながら、陸翔君へとお父さんが声を発する。


「だが、それだけではない。そもそも異能力者ホルダー用は、変身しても身に着けていられるように無能力者ノーマル用とは異なる構造をしている。変身後のことを考えずに済むから、無能力者ノーマル用は異能力者ホルダー用よりは安価なのだ」

「えっ、そうだったんだ」


 その言葉に、初めて気が付いたと言わんばかりに陸翔君が驚きの声を上げる。

 そう、異能力者ホルダー向けの服はちょっと値が張る。尻尾を出せるような造りをしていたり、腕や脚の形が変わっても着ていられるように伸縮性が高かったり。中には、破れても変身を解除したら再生するみたいな機能があったりするらしい。

 ユニク○とかし○むらとかの一般的なアパレルブランドなんかは、無能力者ノーマル用と異能力者ホルダー用の両方を揃えていたりするが、だからこそ値段の違いは分かりやすいのだ。

 苦笑をしながら、陸翔君のお母さんが口を開く。


「あなたにはほとんど異能力者ホルダー用の服しか着せなかったから、違いに気付きにくいかもしれないわね」

「だってそりゃあ、俺が無能力者ノーマル用の服を着たら一瞬で破れちゃうだろ」


 お母さんの言葉に、口を尖らせながら陸翔君が言う。確かに無能力者ノーマル用の服を変身系異能力者ホルダーの人が着たら、変身した途端に背中だの尻だの腰だの脚だのが破れてしまう。間違いなく。

 自分の腰を触る陸翔君の言葉に、あたしははーっと息を吐いた。なんというか、こうして実感を伴って話されると、すごく分かる。


「あー……だから異能力者ホルダーの服って高いんだー」

「尻尾穴を空けたり、羽を出す穴を空けたりしないといけないからな。どうしても値段が上がっちゃうわけだ。袖口なんかは耐火素材だったりするしな」


 あたしが漏らした言葉に、パパが小さく笑いながら話す。あたしも前にパパから、オシャレ優先で機能性二の次な無能力者ノーマル用の服を着ていて、不意に異能を使ってしまって街中で服をダメにしてしまった異能力者ホルダーが出た、なんて話を聞かされたことがある。

 人間という生き物の枠組みを変えないで済むから、オシャレさで言えばどうしても無能力者ノーマル用の服の方が上なのだ。異能力者ホルダーだって当然オシャレはしたいわけだが、異能に服が耐えられないと、オシャレどころではない、というわけである。

 と、そこでパパがいたずらっぽくあたしに笑ってきた。


「でも、巽山高校の制服は一味違うぞ」


 そう話すと、パパが視線を向けるのは陸翔君のお父さんだ。そっと頭を下げながら、うやうやしく話しかける。


「警視総監殿、あの機能・・・・を見せていただくために、ご子息に変身いただいても?」

「構わん。陸翔、やれるか」


 パパの言葉に、陸翔君のお父さんがこくりとうなずいた。お父さんの言葉を受けた陸翔君が、あたしやお父さんから少し距離を取る。


「よっしゃ! 和泉、よーく見てろよ!」

「う、うん」


 そう話しながら、陸翔君はブレザーのボタンを外し、スラックスのベルトを緩めた。二度三度息を整えると、彼は全身に力を入れて声を張り上げる。


「はっ!」


 声を上げた陸翔君に周囲の視線が集まった瞬間、彼の身体が文字通り膨らんだ・・・・

 制服が一瞬で弾け飛んだように見えたし、彼の全身が髪色と同じ栗色の毛皮で覆われるのも見えた。腰からは太い尻尾が生え、耳が頭頂部に移動する。

 それと同時に陸翔君の両手が地面について、みるみるうちに前脚・・に変わっていった。手の形が、腕の形が変わり、同時に脚もかかとを上げる形で落ち着いていく。

 小柄で可愛らしい少年の神谷陸翔は姿を消し、そこにいるのは見上げるほどに巨大な、一匹の『狼』だ。


「うわっ!?」

「おぉー」


 あたしが驚いて声を上げると、周囲の新入生から歓声が上がった。

 ただの狼ではない、体格が大きく、運動能力もその分高い「巨狼きょろう」だ。このレベルの変身を行うには特Bランクか、準Aランクくらいになっていないとダメだったと思うのだけれど、陸翔君がそれをやってのけたことに今更驚く。

 パパが陸翔君の顔を見上げながら、感心した風に言う。


「さすがは警視総監殿のご子息、巨狼への変身も既にお手の物というわけですか」

「まだ長時間の維持は出来んがな。Bランクに甘んじている状況だ」

「ばっ、おい父さん! 高校入学時点でBだって、すごいことだろ!」


 陸翔君のお父さんがため息をつきながら言うと、父親にそんなことを言われた陸翔君が口を開いて文句を言った。口の中には狼らしく、鋭い牙がずらりと並んでいる。

 彼の言う通り、高校入学時点でBランクというのもなかなかにすごい。普通は社会人の異能力者ホルダーがやっと認定されるくらいのランクなのだ。

 それに、陸翔君は狼の身体で平気に言葉を話している。動物に変身したらどうしたって、声帯の構造が動物になってしまうから、人間の言葉を喋るのは難しいはずなのだ。

 と、陸翔君の足元に歩み寄った陸翔君のお父さんが、あたしに手招きをした。


「和山のお嬢さん。陸翔の腰と、首元を見てごらん」

「腰と、首元?」


 呼ばれて、恐る恐る陸翔君のお父さんに近づいていく。お父さんが無言で上を指さし、その指の先を見ると、狼の陸翔君の首元で何か、紐みたいなものが揺れていた。


「あれっ、何かある」

「へへへ、すごいだろ、これ」


 あたしが目を見開くのを見て、陸翔君が前脚で首元の毛皮をかきわける。そこにあるのは、あたしも含めた周りの生徒が身に付けている制服のループタイだ。それと、毛皮に僅かに埋もれているが、ブレザーの黄色い襟も見える。


「ブレザーの襟部分とループタイ、ズボンのベルトが見えるだろう。あそこに、制服のそれぞれが収納される形で・・・・・・・収まっている」

「えっ、収納?」


 お父さんの言葉に、あたしは目を見開いた。

 確かに、大きな生き物に変身する異能力者ホルダーの、服がどうなっているのかはいつも疑問だった。破れたのを自動で修復する機能がある服はまだまだ値段が高いし、修復も一瞬で、とはなかなかいかない。

 しかし陸翔君の周りを見ても、制服の布地がちぎれて吹っ飛んだ様子はどこにもないのだ。

 パパが軽く笑みをこぼしながら、自分のスーツのジャケットを摘まんで言う。


「身体の大きな動物や幻獣に変身する時、どうしても服は邪魔になっちゃうからな。ああして、襟部分やベルト部分に生地を収納しておけるんだ」

「すごいわよねぇ……確か、あそこの部分はすごく特殊な生地で作られているんでしょ。大きな動物に変身しても伸びて苦しくならないようにって」


 ママも感心しながら、巨狼に変身した陸翔君に目を白黒させていた。

 そういえば聞いたことがある。変身に合わせて自動で服の布地を分解して折りたたみ、特殊な生地で作った服の一部に収納する技術がある、と。ここの制服にその技術が使われているとは、知らなかった。


「へぇー……」

「和泉も、俺みたいにでっかいやつと逢ったら首元を見るといいぞ。こんな感じで着ていた服の一部があるからな」


 感心の声を漏らすあたしに、陸翔君が大きな頭をぐっと下げてきながら笑う。

 狼が笑うと、やっぱりどこか怖い感じになるんだなーと思いながら、ふわふわふかふかな陸翔君の顔に手を伸ばすと、その毛並みは手入れが行き届いていて柔らかかった。

 犬みたいに気持ちよさそうな表情になる陸翔君の毛皮を撫でながら、やっぱり変身系の異能力者ホルダーってすごいんだな、と実感させられるあたしだった。

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