第7話 学級配属

 カリキュラム説明、新入生代表挨拶、と、そのままつつがなく入学式の式次第は終了し、司会の先生がマイクの前で礼をしつつ話した。


「以上で、令和四年度、学校法人巽山高校第九十七期生の入学式を終了いたします。新一年生のクラス分けと学級担当教諭につきましては、大講堂外の掲示板に掲示しております。保護者の方もご確認ください」


 先生の言葉を聞いて、次々に周囲の生徒が、親御さんが席を立ち、大講堂の外へと向かう。あたしとパパ、ママもその流れに乗っかって席を立ち、掲示板を目指した。

 クラス分け。そうならざるを得ないこととは言え、掲示板に貼り出すスタイルとは、令和の時代に随分アナログだ。


「クラス分けかー」

「大丈夫かしら……異能力者ホルダーと同じクラスになるのよね?」


 掲示板を探すあたしの横で、ママが心配そうな顔をしながら言う。未だに心配の気持ちが抜けないママに、パパがその肩をぽんと叩きながら言った。


「そんなに心配しなくてもいいだろう、あれだけ校長先生がはっきり言ってくれるんだ。あの相埜龍聖が、だぞ」

「まあ……それはそうだけど」


 パパの言葉にママは小さく首を傾げる。確かにパパの言う通り、あそこまで校長先生である相埜先生が言うのだから、安心なのはその通りだが、しかしママがあたしを心配するのも分からなくはない。

 大講堂の外に出ながら、ママも口を開いて言い返した。


「担任の先生がどんな人か、にもよるじゃない。もしこれで先生が異能力者ホルダー至上主義で無能力者ノーマルを見下すような人だったら、と思うと……心配だわ」


 心配そうに話すママへと、あたしは小鼻を膨らませながら言った。


「でもさー、そんな人が先生でいたとして、校長先生がああいう人だって分かっている学校で仕事する?」

「うーん……まあ……どうかしらね」


 ママの心配も尤もだし、クラスメイトから以外もいじめを受けることはあるのだから、無用な心配とは言えない。

 しかしそもそも、ここは異能訓練学校・・・・・・であるわけで。異能力者ホルダー至上主義で無能力者ノーマルを見下すような教師が世の中にいないとは言えないが、こういう学校では肩身が狭くて仕方が無いはずだ。

 あたしの言葉にうなずきながら、パパが小さく笑う。


「でもほら、いざとなったら学年主任の先生に相談すればいいじゃないか。入学手続きの時に会って話をしたんだろ」

「そうね、水城先生なら親身になって話を聞いてくれるかも」


 パパの言葉に、水城先生の名前を聞いたママもホッと息を吐いた。確かに、水城先生なら親身になって相談に乗ってくれるだろうし、あたしが無能力者ノーマルだからといって他の生徒と対応を変えたりはしないだろう。

 と、きょろきょろしていると生徒たちが集まっている場所があった。大きな掲示板の頭もちらっと見える。


「あ、あそこ?」

「みたいだな。どれどれ……」


 人混みの後ろから背伸びするあたしでは、なかなか細かいところまで見られない。パパに代わりに見てもらうと、程なくしてパパが声を上げながらスマートフォンを構えた。


「お、あった」


 そう言いながら、カメラのシャッターを切る。スマートフォンを下ろしながら息を吐くパパに、あたしは声をかけた。


「パパ。あたし何組?」

「1年1組。クラスの一番最後だな、40番だ」


 あたしに答えながら、パパがスマートフォンの画面をピンチアウトする。ぐっと拡大されるクラス分けの一覧の一番下、1年1組の一番下に、あたしの名前があった。

 名字が「和山わやま」だから、出席簿の一番最後になるのはいつものことだ。この9年間ずっとのことだから、今更驚きも無い。

 画面を上方向にスクロールしながら、パパが声を上げる。


「で、担任は……おっ、水城先生って、学年主任だって言う先生じゃないか?」

「えっ、水城先生?」


 そしてパパが言った先生の名前を聞いて、あたしは目を見開いた。

 学年主任でもある水城先生が、1年1組の担任なのか。それならますます安心だ。何か問題が起こったとしても、気軽に相談できるだろう。


「よかったぁ、それなら安心だね」

「ええ、よかったわ」


 あたしが胸をなでおろすと、ママも安心した様子で微笑んだ。これならママも、あたしの学校生活に抱く不安も無いだろう。

 と、大講堂から離れた方向から歩み寄ってくる陸翔君と、彼のお父さん、お母さんの姿が見えた。どうやら別の掲示板の前で、クラス分けを見ていたらしい。


「おっ、和泉!」

「あ、陸翔君?」


 陸翔君が嬉しそうな顔をしてあたしに声をかけてきた。

 返事を返すと、彼はにかっと笑ってスマートフォンの画面を見せながらあたしの肩に腕を回した。そこには「1年1組9番 神谷陸翔」の文字がある。


「へへ、やったな。俺達同じクラスだぞ」

「わ、よかったあ」


 陸翔君の言葉に、あたしも嬉しくなりながら笑顔になる。入学前から面識のある数少ない異能力者ホルダーの友人だ。一緒のクラスなのはとてもありがたい。

 鼻をこすりながら、陸翔君があたしに話してくる。


「1年1組の無能力者ノーマルは和泉だけっぽいけどな。でも、他のクラスには無能力者ノーマルいるし、別にクラス内で固まんないといけないわけじゃないから、大丈夫だろ」


 その言葉に、あたしはハッとした。そういえば確かに先程見せてもらったクラス分けの表、あたしの名前の横にはひし形の印がついていた。

 あの印、何のマークだと思っていたら無能力者ノーマルを示すマークだったのか。


「あ……あたし一人なんだ、1年1組の無能力者ノーマル


 あたしが思わずそう零すと、ママがそっとあたしに声をかけてきた。


「今のうちに他の無能力者ノーマルの子に挨拶しておいた方がいいんじゃない? 先月に顔合わせはしたって言ってたけど、クラスが違うならそんなにしょっちゅう顔を合わせるわけでもないんだし」

「そうだな。俺たちも親御さんと知り合っておいた方がいい」


 ママの言葉にパパもうなずいた。確かに、無能力者ノーマルの友人は今から作っておいて間違いは無いだろう。友人が陸翔君だけ、ということにはならないと思うが、一人でも友人は多い方がいい。

 と、陸翔君がくりんとした目をあたしに向けながら言ってくる。


「探そうか? 誰が無能力者ノーマルか、無能力者ノーマルからだと分かんないだろ」

「え、でも」


 その言葉に目を見開いたあたしだ。どう返そうか。正直言うと、この学校の生徒であるなら、分からないなんてことはまず無い・・・・のだけれど。

 あたしが返す言葉に一瞬悩んだ時、冷たい声がこちらにかけられた。


「おい、陸翔」

「え?」


 声をかけてきた人物に目を向けると、そこには険しい顔つきをしている桧山君がいた。陸翔君を、水色がかった薄い灰色の、日本人らしくない瞳でにらみつけている。

 そのただならぬ雰囲気に、さすがに陸翔君があたしから少し距離を取った。


「廉」

「桧山君?」


 思わずあたしも桧山君へと、何事かと声をかける。あたしの方を見て小さく舌打ちをしてから、桧山君は陸翔君へと吐き捨てるように言った。


異能力者ホルダーなら、無能力者ノーマルの面倒ばかり見ているもんじゃないだろ」

「えっ」


 その言葉に、ぎょっとするように陸翔君が声を漏らした。

 反応するより先に、桧山君はこちらに背を向けて歩き出す。その背中に陸翔君が焦った様子で声をかけるが、彼は振り返りもしない。


「廉!」

「フン……」


 小さく声を漏らしながら人混みの中に消えていく桧山君だ。彼の良心の姿はなかったが、彼を置いてどこに行ったのだろうか。もしかしたらもう、単独で行動させているのかもしれない。

 桧山君の様子に、陸翔君のお父さんもお母さんもただ無言だ。幼馴染みということだから、当然彼のことは知っていると思うのだけれど、二人とも眉間にしわを寄せたまま何も言わない。

 ただ、陸翔君が呆気に取られたようで、彼の去っていった方をぽかんとしながら零した。


「……なんだ、あいつ」


 幼馴染みからの思わぬ言葉に、言葉もないようだ。恐る恐る、あたしは陸翔君に声をかける。


「あの子……もしかして、無能力者ノーマル嫌いなタイプ?」


 もし、桧山廉という少年が無能力者ノーマルを嫌いなタイプの異能力者ホルダーだとしたら、付き合い方は考えておかないとならない。

 確かに入学式の前に「あまり無能力者ノーマルにいい顔をしない」とは聞かされているが、嫌いの域に達しているならそれはそれで問題だ。

 あたしの言葉に、陸翔君がゆるゆると首を振る。


「前はあそこまで嫌ったりしてなかったんだけどなー。なんだろ」


 困ったように話す陸翔君が、彼の両親に目を向けた。目を向けられたお父さんが、力なく首を振る。

 何か、事情みたいなものはあるらしい。あるらしいが、あたしに分かる範囲のことではない。


「まぁいいや、嫌いならそれはそれで」

「いや、いいのかよ」


 あっけらかんと話すあたしに、すぐさま陸翔君がツッコミを入れてくる。そう言いながら彼は、自分のスマートフォンを操作した。

 そこで表示されたのはあたしのパパが撮ってきたものと同じ、クラス分けの掲示だ。1年1組の中ほどからいくらか下を表示しながら、陸翔君は呆れたように言った。


「だってお前、廉も俺たちと同じ1年1組だぞ」

「うえっ」


 その言葉に、思わずあたしは肩からずりおちそうになった。

 確かにそこには、「1年1組29番 桧山廉」の文字が表示されている。まさか、彼とも同じクラスになるだなんて。

 これでは、嫌でも付き合い方を考えないといけない。あたしは悩みつつも、気持ちを切り替えて無能力者ノーマルの同級生を探すべく視線を巡らせるのだった。

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