墜る


 深い海に落ちていくような感覚になった。


 冷たい海水に包まれ、海面に顔を出そうと必死にもがくこともせず、ただ、落ちていく。


 深さなんて分からない。100メートル、150メートル、200メートル……もっとあるかもしれない。ただ、それでもはっきりと言えるのは、海の底はまだまだ見えないということだ。それほど深い海なのだ。


 だんだんと遠のいて行く海面。吐き出した泡がゆっくりと上がっていく。今まで見てきた物の中で一番綺麗だと思った。やがて、消えた泡。僕の身体から離れ、最後に散るところまで、綺麗だった。


 その時、視界が揺らいだ。そして、身体を襲い振動させる轟音。未来への不安、上手くいかない今生きる世界、陰で僕のことを笑うあの子――すべてが、それらすべてが心の傷痕に刺さってくる。


 手から離して粉々に砕け散ったあの頃の丸い硝子玉のように、僕の中にあるものが壊れた。自分でも形も大きさも分かっていないのに、それが音を立てて壊れたのは、はっきりと分かった。


 口を大きく開け、泡を吐く。これで少々軽くなったのだろう。沈む速度が、若干速まった気がした。


 死にたかった。消えてなくなりたかった。誰も知らない所で、息をし、恋をし、夢を見た。ひょっとしたら、この今僕のいるこの海という空間は、僕の夢の中にある世界なのかもしれない。現実と夢空間の境目が分からない。いや、忘れたのだ。忘れたことにしたのだ、遠い昔に。


 疲れたから、夢の中で生きたい。


 水を通して揺れて見える真上から差す光を見ながら、僕はゆっくりと目を閉じた。

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