my self

醍醐潤

抑え込んだもの

 四方を覆う霧は晴れることはない。


 自分は右手に一つの鍵を持って、まっすぐ歩いていく。目的地は遠いが、もともと近い所だったのかもしれない。


 自分は今、本当の自分を探している。


 生まれてきてから何十年、自分は数えきれない程のモノや人に染まっていった。


 色を混ぜれば混ぜるほど、黒に近づいていく絵の具のように、さまざまなことを知識として取り込んできた。そして、多くの人と関わってきた。


 その過程で自分は、自分の意思とは反対の考えを持つ自分を作った。周りと意見を合わせたり、本当の気持ちを表に出さないことが出来る。


 今では、前述の自分が自分を支配している。

 

 前に倣え、右向け右––––それが当たり前になった。


 この間だってそうだ。会議での多数決の際、自分はB案が良いと感じたが、A案に賛同する声が多かったので、A案の方で手を挙げた。


 自分の思いはいつも朽ちては落ちていく。


 今に始まったことではない。休日、友だちとランチを食べにいくことになった。


「絶対①の店の方がいいと思う」

「いや、②の店だ」

 

 AとBは昼食を食べる店を巡り口論していた。


「①の店はたくさん食べれるし、なにより値段が安い」

「だけど、駅から遠すぎる。①よりは高くなるけど②の店の方がいい」

「ねぇ、君はどっちがいい?」


 ふいにAから質問を回され、答えに窮した。


 自分はBの言う②の店が良かったが、そう答えてしまうと、Aは気分を悪くしてしまう。


「どっちでもいいよ。自分は……」


 中途半端な返事をした。


 脳裏にさまざまなことを浮かべながら歩いていく。霧はまだまだ晴れることはないと思っていた。


 ある地点を越えた瞬間、突然、霧がスーと消えたのだ。––––目の前に十字架に張り付けられた自分が現れた。手足を鎖で縛られている。


(しんどいよ……苦しい……助けて)


 心に深く突き刺さる物があった。目を見開き、後ろに三歩退く。やがて涙を流した。


 これが本当の自分の姿なのだ。


 いろいろな色に染まるうちに、手足の自由を奪われ、一番深い場所で傷つき、助けを求めている。


 心にそっと手を当ててみた。真っ黒だった。もう、元の色には戻れない。


 しかし、本当の自分を抑え込み続けると、疲れ果てて死んでしまう。


 右手の中には鍵がある。固く握りこぶしを作ると、本当の自分を救い出すため、再び足を前へ出した。

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