姫子の秘め事
アオピーナ
姫子の秘め事
――花が散る様は美しい。風に吹かれて落ちゆく花びらが、まるで人の生そのものだから。
都内各所で、その歌詞と共にある映像が流れた。
薄暗い路地裏で、本来ならばステージ上で纏う筈の、煌びやかなドレス。
真っ白なその衣装が、真っ赤な返り血で濡れていた。
『赤は好き。激しく燃える恋を思い出す』
鈴の音色のような歌声が、歌詞と共に、惨劇を切り取った映像と共に流れていく。
その映像のPⅤ数は、今までの彼女が出したどの曲のMVよりも圧倒的に多かった。
タイトルには、〈姫子の秘め事は、快楽殺人〉と記されている。
「ざまあッ! ざまあみろ! これが報いだぁぁッ!」
パソコンから漏れるブルーライトだけが照らす一室で、一人の男が叫ぶ。
「どうだ、クソ売女ぁッ! ゴミビッチ‼」
今まで多額の金をつぎ込んだ。ライブも欠かさず参戦した。
だけど、彼女は、下賤な男との交際に走ってしまった……。
男は彼女の人生を壊そうと決心した。
姫子と同じ髪型、髪色のウイッグを被り、衣装のレプリカを纏い、ドローンで盗撮感を出し、本物の人間そっくりな人形をめった刺しにし、真っ赤なペンキを浴びるという手間をしてまで、この作品を完成させたのだ。
男は暗い笑みを浮かべ、今日も仕事に向かう。
◆
「馬鹿、な」
男の目論見は失敗した。姫子は破滅するどころか、〈ハロウィーンサプライズ〉と称して自社による宣伝用PVに書き換えたのだ。
「なぜだ……」
幽鬼めいた足取りで帰路をゆく男を、世界は気にも留めない。
「――道化役、ご苦労様です」
は? という声は出なかった。
声を上げる間も無く気を失ったから。
◆
目が覚めてすぐ、男は自分の目を疑った。
「やっほー」
ひらひらと手を振って微笑みかけてくるこのドレスの少女こそ、姫子本人だったからだ。
だが猿轡のせいで声は発せず、結束バンドのせいで身動きもとれない。
「姫子様、こちら、得物でございます」
黒服の男が電動ノコギリを姫子に渡した。
姫子は鼻唄混じりにそれを受け取って、妖しい色を灯した瞳で男を見下ろす。
やがて、風切り音が鳴った。
鈍く大きな音が後に続く。
真っ赤な血が噴水のように溢れ出し、アーチを描く。
ゴロン、と地面を転がった男の顔は、驚愕に染まっていた。
『花が散る様は美しい。風に吹かれて落ちゆく花びらが、まるで……』
自分で流した曲に、姫子は、
「人の死そのものだからぁ~っ!」
ワイングラスを片手に取って熱唱した。
「やっぱ首刎ねサイコーっ」
うっとりした表情でワイングラスを傾ける。
「流石は私の下僕、いつも最高の演出をありがとう」
「お褒めに預かり、光栄です」
◆
『やっぱ首刎ねサイコーっ』
後日、その音声はネット上を席巻した。
姫子が男の首を切断している映像と共に。
遠いどこかの地で、自身が手掛けた『最高傑作』に思いを馳せながら、黒服の男は呟いた。
「やはり、花が散る様は美しい」
人の秘め事は、いつ明かされるか分からない。
姫子の秘め事 アオピーナ @aopina
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