姫子の秘め事

アオピーナ

姫子の秘め事

 ――花が散る様は美しい。風に吹かれて落ちゆく花びらが、まるで人の生そのものだから。


 都内各所で、その歌詞と共にある映像が流れた。


 薄暗い路地裏で、本来ならばステージ上で纏う筈の、煌びやかなドレス。

真っ白なその衣装が、真っ赤な返り血で濡れていた。


『赤は好き。激しく燃える恋を思い出す』


 鈴の音色のような歌声が、歌詞と共に、惨劇を切り取った映像と共に流れていく。

その映像のPⅤ数は、今までの彼女が出したどの曲のMVよりも圧倒的に多かった。


 タイトルには、〈姫子の秘め事は、快楽殺人〉と記されている。


「ざまあッ! ざまあみろ! これが報いだぁぁッ!」


 パソコンから漏れるブルーライトだけが照らす一室で、一人の男が叫ぶ。

「どうだ、クソ売女ぁッ! ゴミビッチ‼」


 今まで多額の金をつぎ込んだ。ライブも欠かさず参戦した。

だけど、彼女は、下賤な男との交際に走ってしまった……。


 男は彼女の人生を壊そうと決心した。


 姫子と同じ髪型、髪色のウイッグを被り、衣装のレプリカを纏い、ドローンで盗撮感を出し、本物の人間そっくりな人形をめった刺しにし、真っ赤なペンキを浴びるという手間をしてまで、この作品を完成させたのだ。


 男は暗い笑みを浮かべ、今日も仕事に向かう。



「馬鹿、な」


 男の目論見は失敗した。姫子は破滅するどころか、〈ハロウィーンサプライズ〉と称して自社による宣伝用PVに書き換えたのだ。


「なぜだ……」


 幽鬼めいた足取りで帰路をゆく男を、世界は気にも留めない。


「――道化役、ご苦労様です」


 は? という声は出なかった。


 声を上げる間も無く気を失ったから。



 目が覚めてすぐ、男は自分の目を疑った。


「やっほー」


 ひらひらと手を振って微笑みかけてくるこのドレスの少女こそ、姫子本人だったからだ。

 だが猿轡のせいで声は発せず、結束バンドのせいで身動きもとれない。


「姫子様、こちら、得物でございます」


 黒服の男が電動ノコギリを姫子に渡した。


 姫子は鼻唄混じりにそれを受け取って、妖しい色を灯した瞳で男を見下ろす。


 やがて、風切り音が鳴った。


 鈍く大きな音が後に続く。


 真っ赤な血が噴水のように溢れ出し、アーチを描く。


 ゴロン、と地面を転がった男の顔は、驚愕に染まっていた。


『花が散る様は美しい。風に吹かれて落ちゆく花びらが、まるで……』


 自分で流した曲に、姫子は、


「人のそのものだからぁ~っ!」


 ワイングラスを片手に取って熱唱した。


「やっぱ首刎ねサイコーっ」


 うっとりした表情でワイングラスを傾ける。


「流石は私の下僕、いつも最高の演出をありがとう」


「お褒めに預かり、光栄です」



『やっぱ首刎ねサイコーっ』


 後日、その音声はネット上を席巻した。

 姫子が男の首を切断している映像と共に。


 遠いどこかの地で、自身が手掛けた『最高傑作』に思いを馳せながら、黒服の男は呟いた。



「やはり、花が散る様は美しい」



 人の秘め事は、いつ明かされるか分からない。

 

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