第五話 牢獄


「やはりおまえは、マーフ王国の犬だな」


 ダンの首を絞める男の手に力が入る。


「待ってくれ。違うんだ。こいつは今日がゲリラとしての初仕事で、この仕事を終えるまで、傷をもらうことが出来ないんだ」


 マイクは声を荒げ、男に向かって叫ぶ。


「そんなしきたりがあるのか。実に興味深いな。だが、事実確認が出来ない以上は殺すしかないだろう。森の民を危険にさらすわけにはいかない。それにこいつの思想は強すぎる、生かしておけばいずれ災いが降りかかるだろう」


 男の力がさらに強くなると、ダンの顔色は白くなり、さらには眼球が充血し、焦点が合わなくなってきた。

 ダンの手はだらりと下がり、口からはよだれを垂らしている。


 ダンが気を失ったその時、森の民の男が入ってきた。


「和光さん。西の村、ウエストランドからの敵襲です」


 和光と呼ばれた男は、ダンの首から手を離し、部屋の奥から鞘に納められた日本刀を手にしてきた。


「おい、こいつらを牢にぶち込んでおけ。詳しく聞かねばならないことがまだある」


 和光はそう言うと部屋を飛び出した。


 一命を取り留めた二人だったが、マイクは和光の部下に背中を蹴られ、勢いよく建物の外に放り出された。和光の居た建物から少し離れた場所に、牢獄がある。

 気絶したダンは、外にいた部下に足を引かれ、牢獄まで引きずられて行く。

 マイクは、牢獄までの道中、ずっと耳を澄ましていた。


《ウエストランドの奇襲、しかも夜。暗闇に紛れて逃げることが出来る最後のチャンスかもしれない。だが、どうやって》


 マイクは頭をフル回転させる。


《今ここで暴れるか。いや、そんな体力はないし、そもそもダンを置いて逃げることはできない。一度牢に入るか、一か八か大声をだし、西の民がこちらに気付く可能性に賭けるかだ》


 考えども考えども答えは出ず、ただ一歩ずつ確実に牢に近付いている。


「マイク」


 牢の中から、マイクを呼ぶ声がした。


 マイクは驚き、鉄格子の奥の暗闇を、薄目で確認する。

 日は落ちているため、鉄格子を照らす松明だけが頼りだ。

 マイクも徐々に牢に近付く。


「シュウ。おまえ、こんなところで、、、。そうか、だから迎えが来なかったのか」


「すまない。今朝、こいつらにゲリラの野営を襲撃されたんだ」


 シュウとは、ゲリラ王国の民で、マイクとも顔見知り、熱い男で常に人の上に立つことが出来る。そんな性格を見込まれ、ゲリラ王から野営の管理を任されている。シュウも純血のゲリラ人だ。

 ゲリラ王国の野営達は、その証として、ローブではなく動きやすい緑色の迷彩服を着ている。


「捕虜の分際で、なにを勝手に話している」


 森の民が鉄格子を、腰につけた棒で叩いた。


 森の民によって、開かれた鉄格子の扉の奥に、マイクとダンは放り込まれる。


「シュウ、久しぶりだな」


「ああ、マイク、会いたかったぜ」


 マイクとシュウは、握手を交わした。


「それで、この赤毛は」


 シュウが気絶しているダンを指差した。


「こいつは、今日からゲリラとして動くことになった、純血のマーフ人、ダンだ」


「純血の。こいつが例の男か」


「そうだ。俺の古い友人だった」


「そうか、そうだったのか。お前に託されたんだな」


「ああ」


 マイクとシュウが話していると、外が騒がしくなり、森の民が牢を離れた。

戦いが激化してきたのだろう。


「シュウ、なんとかここを抜け出す方法はないか」


「それなら大丈夫だ。ゲリラの野営から、なんとかリコだけは逃した」


「リコか、懐かしいな。あいつも立派な大人になっただろ」


「リコは、まだ儀式を受けてはいないが、立派な大人だ。この奇襲を起こしたのもリコだ」


「そうなのか、リコに命を救われるとはな」


「おまたせ」


 声のする方を向くと、鉄格子の錠を斧で、派手に破壊している女がいた。


「リコ。久しぶりだな」


 マイクは、リコのもとへと駆け寄る。


「そんなことより、早く。全員起こして、さっさと行くよ」


 リコは、赤毛の長髪で、気が強い。

 容姿端麗だが、派手な行動が大好きで、常に気を張っているイメージだ。

 錠を破ると、鉄格子の扉に前蹴りをいれ、扉をふっ飛ばした。


「リコ、さん。もう少し静かに...」


 シュウが言うが、リコはすぐに周辺の警戒へと移った。


「まあいいだろう。リコらしい。ほら、行くぞ」


 マイクは、ダンを抱きかかえると、牢の外へと出る。

 牢の奥からは、野営のゲリラ達が、続々と出てきた。

 彼ら、野営の人々は、ゲリラ王国の中でも群を抜く、実力派の者たちで、戦闘となれば大変頼りになる存在だった。

 今回奇襲され、捕虜にされたのも、早朝とゆう、完全に油断をしていた間の出来事だったのだ。


「お前たち。一度野営に戻り、体勢を立て直すぞ」


 シュウは、野営の者たちに檄を飛ばすと、二十人ほどの精鋭たちも、一帯に響く雄叫びを上げた。


 その雄叫びを聞きつけた、森の民数名は、こちらに駆け寄ってくるが、ゲリラ達の異様な覇気に、足がすくんでしまう。

 走り去るゲリラ達を追う気力は、完全に奪われてしまったのだ。


 ぬかるむ道を走り続けるマイク達。

 そろそろ集落を抜けようとしたときだった。



 後方から、男が雄たけびを上げながら、漆黒の馬で駆けてくる。


「森の民を舐めるな」


 先程、マイクとダンを集落まで連れてきた張本人だ。

 彼の目は血走り、騎乗しながらも、ぬらりと光る日本刀を構えている。


「まずい」


 ダンを抱えて走るマイクの足が限界に来ていた。


 死物狂いで、走るゲリラ達はなんとか入口まで辿り着く。

 シュウが後方を確認すると、虚ろな目でダンを抱え、走るマイクの姿があった。


「マイク」


 シュウが叫んだが、その瞬間、マイクのすぐ背後に、嘶く漆黒と、ぬらりと睨む日本刀が見えた。



 それと同時にマイクの後方からは、血しぶきが上がる。











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