第18話 うちくればいいじゃん

 火事への初動対応が早かったこと、そのおかげで火の回った範囲が狭かったこともあり、消火活動は1時間もかからず無事に完了。

 大家さんや他の住人らと一緒に消防隊員さんたちにめちゃくちゃ頭を下げてお礼を行った後、あらためて怪我人がいなかったことを確認。ともかく人的被害がなかったのは本当によかった。


 結局完全に燃えたのは俺の部屋くらいで、あとは両隣と下の部屋が少し延焼した程度。アパート自体は形も綺麗に残っている。だからといって今まで通り暮らせるわけもなく、居住者は全員契約解除となり、安全のためアパートを離れることになってしまった。こればっかりは仕方ない。


 大家さんは自分の不注意でアパートが焼けてしまったことを俺たち居住者に何度も謝ってくれたが、俺がもっと早く気付いて蛍光灯替えときゃよかったとも思うし、俺たちとしても大家さんの気持ちはわかるのでお互いに気を遣い、慰め合うような感じで話は終了。大家さんはいずれアパートを新しくしたいから、そのときは特別家賃でまた是非にと言ってくれた。


 ――と、そんな感じでいろいろと始末が終わった後、俺はメイと一緒に近くの海浜公園にやってきていた。


「んんん~~~~っっっ! ウッマ~~~!」


 メイが目を輝かせながらうなり、足をバタバタとさせる。

 ベンチの隣に座っていた俺は、そんなメイの無邪気な反応を見て笑う。


「おにーさんも食べてみなよ! これマジヤバイから! アイスとケーキのイイトコ取りした夏の最強スイーツだから! このとろける濃厚感すごいから!」

「大げさじゃね?」

「じゃー食べてみてよー! ほらほら口開けてっ、あーん!」


 良い感じに溶け出していたアイスケーキを付属のプラスチックフォークで切ったメイは、それを俺の口元へ持ってくる。

 周りに人がいないことを確認し、口を開く俺。つってもケーキをチャチャっと冷凍したアイスみたいなもんなんだろ?

 と思ったら大間違いだった。


「…………うっまぁ!! なんだコレ初めての食感なんだが!」

「でしょー!? もうホント大発明だから! ノーベルスイーツ賞とれるから!」

「おお、思わず新部門が出来てもおかしくないレベルだな」

「ねっ! んん~~~つめたくってあま~い♪ これゼッタイ一度は食べたかったんだっ。おにーさんホントありがとねっ!」


 パクパクとアイスケーキを食べ進めては幸せそうにニコニコ笑うメイ。そんなメイの顔を見てるだけで火事のことなんて忘れられるし、買ってきてよかったなと自分の判断を褒められた。見る目あるな俺!

 

 そこでメイがフォークをぷらぷらさせながら言う。


「ってかさぁ、面接だけじゃなくてゲーム大会やるって面白い会社だよね! しかもおにーさんゲーム勝ったんでしょ? やるじゃん絶対受かるって!」

「勝ったのはボードゲームだけな。ま、応援してくれたプロレスラーのおかげだわ」

「アハハハハ! あれね、最近学校で流行ってんのっ。あたしはあんま知らないけど、プロレス好きなお嬢様ってけっこーいるみたいでさー」

「マジかよ。メイと出会ってからお嬢様の概念変わりまくるな」

「んふふっ、お嬢様も十人十色ってコト! てなわけで、今日はホントいろいろあったけどよくがんばりました! エライぞおにーさん!」


 隣から手を伸ばして、俺の頭をなでなでしてくるメイ。別に見ているヤツもいないしいいかと受け入れておく。先ほどかぶったバケツの水は、夏の夜風でもうだいぶ乾いていた。


 それから自分のアイスケーキを半分に切り分け、一つは自分で、もう一つはメイにあげて二人で魅惑の甘さを存分に味わったところで、俺はベンチから立ち上がって言う。


「よし。んじゃ今日はその辺のホテルにでも泊まるわ」

「ほえ?」

「幸いスマホとサイフは持ってるからな。まーしばらくはなんとかなるだろ。けどホテルは高いよなぁ。節約しねぇとマジでヤバイし、カプセルホテルか漫喫とかにすっか。アパートもすぐ建て直せるわけじゃないだろうから、これからどうすっかなぁ」


 と、これからについて苦笑しながらつぶやくと。


「うちくればよくない?」


 メイがケーキに目を落としたまま、ぽつりとそうもらした。


 俺は一瞬固まり、それから気を取り直して言う。


「ははは。なんだよ、今度は俺がそっちの家に行く番ってことか? それならまぁ金は掛からないかもしれないけど、冗談はやめとけって。ほら、もう9時だしメイも帰れよ」

「冗談じゃないけど」

「え?」

「だからさーマジな話。うちくればいいじゃん。そもそもあたし、さっきスマホ燃えちゃったから新しいの買うまでおにーさんと連絡とれなくなっちゃうし。んん~美味しかったっ! ごちそーさま!」


 アイスケーキの最後の一口を食べ終えて手を合わせるメイ。

 俺は呆然と立ち尽くし、それからようやく言葉を返した。


「い、いや、だからってメイの家に行くってのは!」

「でもホテルとか泊まってたらお金なんてあっという間になくなっちゃうし、漫喫なんて何泊もしてたら疲れとれないっしょ? てか住所とかないとさ、もし面接受かっても就職とか出来ないんじゃない?」

「あ――」

「それにごはんはどーすんの? ちゃんと食べなきゃゼッタイダメって言ったよね? おにーさん節約とかいって食べ物テキトーにすませそうだしさー、フツーにうちくるのがベストじゃん」

「うっ。そ、それはそうかもしれないけどさ」

「そ・れ・にっ!」


 そこでメイもピョンと跳ねるようにベンチから立ち上がり、俺の方にくるりと向き直って上目遣いにこう言った。


「ご褒美、まだでしょ?」

「え?」

「約束したカツ丼、がんばったおにーさんに食べさせてあげなきゃさ!」


 ニッと明るく笑うメイ。その笑みから俺は目が離せなくなっていた。


 メイはガシッと俺の手を取る。


「ハイ決まり! じゃ~行くよおにーさん!」

「オ、オイオイっ、マジでメイんち行くのかよ?」

「マジマジ。まーフツーにお泊まりだと思ってくればいいじゃん? てか前に言ったでしょ。カワイソーな子犬ちゃんは拾ったげるってさ」

「あれもマジだったの!? いや普通は冗談だろあんなの!」

「アハハハ! ほら早くいこっ! おにーさんずぶ濡れになったんだからちゃんとお風呂入らないとさ。んで、カツ丼のお肉も買い直していこっ? ケーキのお礼にめっちゃ美味しいの揚げたげるー♪」

「ええええ……! マジで? マジなのかよこの展開……!?」


 というわけで、俺は彼女に手を引かれるような形でメイの家に行くことになってしまったのだった。

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