第16話 アイス&ファイヤー
面接先のゲーム会社から外へと出たとき、ちょうど空があかね色に染まる時間だった。それでもじわりと肌に届く熱は昼間とそう変わらない。
コンクリートダンジョンにそびえ立つ高いビルを振り返って思わずつぶやく。
「……いや俺、ホントに面接に来たんだよな?」
そう思ってしまうのも無理はない。
なぜなら面接そのものは対して時間もとらず昼前にあっさりと終わったのだが……昼食休憩後、レクリエーションと称して催されたのが面接者を集めたゲーム大会だったのである!
しかも別にこの会社のゲームというわけではなく、他社の大人気レースゲームやサバイバルゲーム、ボードゲームなど、いろんなゲームで面接者たちと人事部メンバーたちとが勝敗を競ったのだ。勝ったから内定とかそういうギャンブルマンガ的な展開もなく、各部門の勝者にはこの会社のゲームやグッズ、そして総合優勝者には他社の超人気ゲーム機が拍手と共に贈呈された。
いやこんな面接あるんかーい!?
とツッコミたかったのは俺だけではないだろう。
内定者の新人に向けた催しってんならわかるが、ただ面接に来ただけの志望者に対する接待じゃないだろ。きっと他の志望者たちもそう思っていたことだろうが、みんなゲーム対決が始まるとすぐに熱くなり大会は大盛り上がりとなった。
人事部の人や他の関係者もみんな楽しそうだったし、堅苦しい形式的な説明会などよりよほど会社への理解は深まり興味も湧く。実際、多くの志望者はよりいっそうこの会社に入りたいと思うようになったはずだ。それはもちろん俺も同じ。
結局のところ面接が上手くいったかどうかなんてわからないし、特に手応えもなかった。ただ、俺はこの会社がより好きになったし、それは面接の結果によって変わるものじゃないだろう。
「迷わず行けよ、行けばわかるさ。まさにそんな一日だったな」
俺はビルに向かって軽く頭を下げ、駅へと向かって歩き出す。
――さぁ、お楽しみのカツ丼が待ってるぜ!
電車に揺られ、なんとも晴れやかな気持ちのまま自宅アパートの最寄り駅まで戻ってきた俺。駅前から見上げる空はすっかり暗くなっていて、気温もようやく多少は落ち着いてきている。遠くの方からパン、パン、と花火が上がる音が聞こえた。
スーツ姿のサラリーマンや学生たちが足早に家を目指して歩き出す中、俺はスマホに目を落とす。
――メイのヤツ、返事ないな。
先ほど電車の中でそろそろ家に着くという旨のメッセージをメイに送ったのだが、いまだに既読になっていない。いつものアイツなら一瞬で既読になって返事がくるもんだからちょっと気がかりではあったが、まぁ食事の支度とかで忙しいんだろう。
「今回はいろいろ気遣ってもらったし、これで喜んでくれりゃいいが」
片手に持つのは、品川の駅ナカで見つけた最近噂のアイスケーキなる冷凍スイーツだ。かなり有名な店のものらしいから、メイも知ってるかもしれない。箱の中からわずかに漏れるドライアイスの冷気がしゅわっと夏の空気にまじっていく。
『えーマジっ!? おにーさん気が利くじゃんありがと~! じゃごはんのあと一緒に食べよっ!』
なんとなくそんなことを言いそうだなぁとメイの笑顔を想像し、さてアイスが溶ける前にと、俺も家へ向かって歩き出す。
まさか面接に行ってゲーム大会をやったなんて話したら、アイツはどんな顔をするだろうか。きっと笑って労ってくれる。そんなメイのカツ丼は、たぶん今まで食べたカツ丼の中で一番美味しいはずだ。
そんなことを楽しみにしながら歩いているとき、周囲からやけにサイレンの音が聞こえてくることに気付いた。目を向けると消防車が何台か道を通り抜けていく。どこかで火事でもあったんだろうか。
「……ん?」
やがて見えてきたのは、東京の夜空にもくもくと上がっていく黒い煙。花火……ではないだろうし、やはり火事みたいだ。あっちは海浜公園の方の……。
そこで近くの通行人の会話が聞こえてきた。
「ね、やっぱ火事みたいだよ。どっかのアパートだって」
「えー怖いんだけど! 花火とか気をつけよねっ」
その短い会話で、俺の背筋にぞわっとしたものが走った。
「……いや。いやいや。まさかな?」
立ち止まって汗を拭う。
黒い煙。
アパート。
さらに近づくサイレンの音。
返ってこないメッセージ。
「……っ!!」
俺は、悪い予感を振り切るように走り出した。
――果たして、予感は最悪の形で的中してしまった。
「……ウソだろ?」
呆然とつぶやく。
燃えていたのは見知ったアパートの2階角部屋あたり。つまりちょうど俺の部屋だ。
アパートの前には近所の野次馬含め多くの人が集まってきており、既に消防隊員たちが必死の作業に当たっている。中には救急車に搬送されている人もいた。
そのとき、俺に気付いて駆け寄ってきたのは大家さんだった。
「ゆ、悠木くん!」
「大家さん! これっ、どういう……!」
「私のせいなんだよぉ。どうも古くなった蛍光灯が出火の原因みたいで……お祖母ちゃんから受け継いだアパートが、みんなが大切にしてくれていた家が……ごめんね、ごめんねぇ」
顔を隠すように押さえる大家さん。
俺には、大家さんの話はほとんど聞こえていなかった。
家なんてどうでもいい。
出火の原因なんてどうだっていい。
「……メイ」
俺の頭に浮かんでいたのは――返信のこないアイツの顔だけだった。
「メイっ!!」
俺は鞄もケーキも放りだし、近くにあった防火用のバケツの水を頭から被って駆け出す。しかしすぐに消防隊員や大家さん、周りの人に掴まれて羽交い締めにされた。
「放してくれっ!! メイが来てるんだ! メイがっ!!」
「君! 落ち着きなさい! 家に戻ってはいけない! 危険だ!」
「混乱しているのはわかるが、無謀な真似はよしなさい! 我々に任せて!」
「悠木くん! だめよ!」
「そうだよダメだよおにーさん!」
「うるっせええええええええぇっ!!」
止める人たちをふりほどくように地面を強く踏み込み、轟々と燃えさかり伸びる炎の塊へ向かって、俺は叫んだ。
「どうでもいいんだよッ! アイツ以外はどうでもいいんだ! メイだけなんだよ! メイさえ無事ならなんだっていいッ!! あそこにメイより大切なものなんてない! だから放してくれ! メイのところへ行かせてくれっ!! メイッ!!」
「だーかーらっ! あたしここにいるってば! メイちゃんここにいるから! だいじょぶだよヘーキだよ無事だよ! おにーさんあたしここにいるよほらっ! 抱きついて止めてるじゃんこっち見てよッ!」
「――へっ?」
バチバチ弾ける火の音に混じって聞こえてきた叫び声に、ぴたりと足を止める。
ゆっくりと振り返った。
俺の体に抱きついて必死に止めてくれていたのが、まさに俺が捜しに行こうとしていたその人――つまりメイだった。
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