第14話 詰め寄りモーニング

 翌朝。

 俺はいつもの機械的な電子音ではなく、〝匂い〟で目を覚ました。


「…………ん?」


 布団の上でくんくんと鼻をならし、ゆっくりと身を起こす。


 すぐに〝彼女〟と目が合った。



「――あっ、おにーさん起きた~? おはよっ!」



 キッチンから声をかけてきたのは、眩しい笑顔の女子高校生である。


 俺は呆然とつぶやく。


「……あ……おはよう……」

「ん! このまま朝ご飯作っちゃうから気にせず準備してな~。まだ余裕あるだろーけど、身だしなみはキッチリねっ。てか言うの遅くなったけどお邪魔してますよー」


 その手に持ったフライパンからジュージュー音を立てながら、さらに片手で割った卵をキレイに落とす女子高校生。

 なんか前にもこんな夢みたような気が……と思いつつスマホを見ると時刻はまだ7時前。夏の熱気も比較的落ち着いている時間だ。そしてどうやら夢ではないらしい。

 

 俺は状況を理解するのにしばし時間を要し、それから口を開いた。


「えーっと……メイ? い、いつから来てたんだ?」

「んー? 15分前くらいかな? 今日もまーた暑くなりそうだよねー」

「な、なんでこんな早くから?」

「今日学校行く用事あったからついでにねっ。ほら、もしおにーさんが寝坊でもしてたら大変っしょ? だからいちおー様子見にきて、まだ寝てたからこれまたついでに朝ご飯ってカンジ? あ、おにーさん卵しっかりめと半熟どっちが好き? それともスクランブルエッグがイイ?」

「お、おお……じゃあ半熟で……」

「りょ。あっ、それからそっちにかけてあるシャツちょっとシワ残ってるから待ってね。後でサッとアイロンかけたげるー」

「あ、はい……」

「てか、おにーさん左側の寝癖すごいし。顔洗うついでにちゃんと直しなね~」


 こっちを見て笑うメイ。


 俺は自身の頭に手を伸ばし、跳ねた髪に手を押し当てながら、そのまま布団の上でしばらくぼーっとメイの姿を眺めた。

 制服の上に持参のゆるキャラエプロンを着けているメイは、今日はポニテではなくいつものおさげスタイルで朝から楽しそうに料理をしている。冷蔵庫から取り出したメイのおすすめ味噌で味噌汁まで作ってくれているようだ。


 朝、起きたときに挨拶をしてくれる人がいる。

 それは、なんだかとても不思議な感覚だった。

 しかもその相手は金髪ギャルな女子高校生で、わざわざ起こしにきてくれただけじゃなく、朝ご飯まで用意してくれている。


 なんつーか、これって……。


「――ん? おにーさーん、どうかした? おーい? まだ寝ぼすけさんかー?」


 料理の手を止めてスリッパをパタパタさせながらこちらに歩いてくるメイ。そのままずいっと前屈みになって俺の頬を引っ張ってきた。


 メイの睫毛やっぱ長ぇなぁなんて思いながらふとつぶやく。


「いや……メイと結婚したらこんな感じかなって……」


「……へっ?」


 一瞬だけ、二人の間で時間が止まったようだった。


 大きな目をパッチリと開けたまま……メイの顔がじわじわと赤くなっていく。


 その瞬間、俺は自分が何を言ったのかハッと自覚して慌てて取り繕う。


「――って! わ、悪いっ! 変なこと言った気にすんな! じゃ、じゃあ俺顔洗ってくるから! ごめんっ!」


 メイから目をそらしたままバタバタと洗面所に向かう俺。

 水道からひねり出した最初はぬるい水が冷たくなったところで存分に顔を洗う。


 ――いやいやいや、女子高生相手に何を言ってんだ俺は! マジで寝ぼけてんじゃねぇか! 今日は面接なんだからしっかりしろ!


「……よし!」


 鏡を見て寝癖を直し、頬を叩いて気持ちもシャッキリさせたところで部屋に戻る。その頃にはテーブルの上に白米、目玉焼きとウィンナー、味噌汁、サラダと立派なメニューが並んでいた。


「おっ、ちょうど出来たから冷めないうちに食べちゃお? ホントは鮭とか焼きたかったんだけどさー、まぁ今日はこんなカンジで? ゲン担ぎにカツ丼とかもいいかなーって思ってたけどやっぱ朝からカツはキツイよねぇ」

「お、おう。そうだな」


 さっきのことでちょっと顔を合わせるのが気恥ずかしいところはあったが、メイの方は特に気にした様子もなさそうだったので俺も平静を装う。


 というわけでテーブルを挟むような形で座り、二人で手を合わせる。


「「いただきます!」」


 昨晩は緊張であまり食欲もなかったし、面接当日の朝という一番デリケートな時間はなおさら食欲がなさそうなもんだが、今朝はずいぶんと箸が進んだ。至って平凡なモーニングメニューであるはずだが、メイと一緒だと不思議と食欲がわく。これならカツ丼でもいけたな!


「んふふっ、おにーさん朝からよく食べてくれるじゃん。食欲あるならだいじょぶそうかなー」

「ま、まぁな。てか、昨日からいろいろ気ぃ使わせて悪いな」

「別にそんなつもりないけどねー。ってかさ」


 そこでメイは丁寧に箸を揃えて置くと、バンッとテーブルを叩きぐいっと詰め寄ってきた。


「昨日送った写真! ホント~に保存してないよねっ? ねっ!?」

「おわっ! な、なんだよしてないって言っただろ!」

「あたしの目を見て言って?」

「し、してません!」

「じゃスマホのデータ全部あたしに見せられる!?」

「見せられるに決まって――い、いやちょっとそれは待ってくれ! 絶対に写真は保存してないがだからといって全部見せるのは問題がだな!」

「ふ~~~~~~~~~ん?」


 そのままじ~~~~~っと俺の目を凝視してくるメイ。その迫力につい目をそらしそうになったがそらしたら俺の負けだとんでもない冤罪が生み出されてしまう!


 するとメイは小さく息をはいて引き下がり、いつものように笑って言った。


「まーいっか! だっておにーさんこういうウソつけなさそうだし。うん、信じてあげる!」


 助かったと胸をなで下ろす俺。

 なぜそこまであの写真のことを気に掛けるのか、という疑問を投げたかったがそれは控えておく。だってもし本当にアレがアレなら普通にやぶへびだしな。思い出の中にしまっておこう。脳内永久保存なら罪ではないはずだ。うん。


 ともかくこれで写真の件は安心、と再び朝食に手をつけると――


「じゃおにーさんのこと信じてあげるかわりに、今度新しい水着買いに行くの付き合ってねー」

「おー、それくらい別にかまわ――って、はぁっ!?」

「今週どこかでいーよね? 明日――はさすがにムリだろーし、明後日とかでそのへんで! おにーさんも時間空けといてね。近くのアウトレットでもいこ!」

「ちょ、待っ」

「ハイハイ、早く食べないと遅刻しちゃうかもよー!」

「ああ~もう! 帰ったらその話の続きするからな!」

「別にいーけどもう決定事項だからねー」

「マジかよ……目玉焼きうめぇ……」


 というわけで、なぜかメイの水着選びに付き合うことになってしまったのだった。

 

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