第7話 「おにーさんのえっち♪」

 外がようやく暗くなってきた頃に炊飯器のご飯が炊きあがり、しっかりと煮込んだ鍋のカレーも無事に完成。相性抜群が約束されている二つの香りだけで食欲がむくむく膨れあがってきた。


 そこでエプロン姿のメイが台所から皿を運んできてくれる。


「おまた~。メイちゃん特製、手作りコロッケカレーでっす!」

「うおお……!」


 食卓に置かれた皿にはツヤツヤなごはんと黄金色のカレーが綺麗なバランスで盛りつけられ、さらにその上に大きめなコロッケが一つドーンと乗っかっている。マジか!


「さっきからなんか揚げてるなとは思ったけど、まさかコロッケだったとは……!」

「男の子はこーゆーの好きっしょ? 唐揚げと迷ったんだけどねー。あ、ちゃんとサラダも食べてよね。それと飲み物どする? 牛乳? やっぱコーラ?」

「ここは牛乳で」

「りょ」


 手際よく二人分のコップに牛乳を注ぐメイ。かくして準備は整った。


「「いただきます!」」


 二人向かい合い、手を合わせて声も揃った。

 スプーンでカレーをすくっていただく。その一口目は圧巻だった。

 少し硬めに炊いたごはんと軽くスパイスの利いたカレーは完璧な調和を果たし、ゴロゴロ入った牛肉や野菜たちも見事にマッチしていて、家庭的でありながらも本格的な味には最高の一言しかない。そして揚げたてコロッケのサクサクな食感やホクホク感はそれだけでも十分に美味いのに、カレーと合わさればなお美味い。美味すぎる。最強だ。


「どう? カレーもコロッケもイケるっしょ?」

「イケるイケる。最アンド高」

「アハハ! いまどきそんなこと言わないって! あ、ねぇねぇ最近学校で流行ってる動画あるんだけどさ、ちょっと食べながら観ない? 感動するイイヤツでさー」

「ほぉ~。まぁいいけど」

「これこれ。じゃ再生するけど、おにーさんその前に牛乳口に含んどいて。パンパンに」

「なんでだよ!? オイそれびっくり系とか笑わせる系のヤツだろ! 俺に牛乳吹かせる気マンマンじゃねぇか!」

「アハハハハ! バレちゃった! おにーさん意外と鋭いじゃーん? じゃフツーに観ようよ。実はホントにイイヤツもあってさー」


 とか言うメイのスマホをテーブルに置いたまま、一緒に動画を鑑賞しつつカレーを食していく。

 最近のJKはこんなもん観てんだなぁと興味深いものもあったし、まったく意味わからんもんもあったし、本当に感動出来る動物系ショートムービーもあって割と泣けそうだった。


「あれ? おにーさんまた泣きそじゃない?」

「い、いや泣きそうじゃねぇって」

「んふふっ。おにーさんってさ、けっこー涙もろいタイプだよね。ってかカレーついてる」

「ん? どこだよ」

「ここ、ここ。いいよ、ほら拭いたげるから動かないでー」


 テーブル向こうのメイが軽くこちらに身を乗り出し、ティッシュで俺の頬の辺りを拭いてくれる。


「ハイ、キレイになりましたっ。――ん? おにーさんどして変な方見てるの?」

「い、いや別に……それよりさっさと食っちまおうぜ」

「? ……ああ~そゆこと?」

 

 下を向いた彼女の得心したような声に、思わずドキリとする俺。やべぇ!


 メイは小悪魔モードのジト目になってこちらを見つめると、微笑を浮かべながらブラウスの隙間――開いていた第一ボタンの辺りを両手で抑えてささやく。



「おにーさんのえっち♪」



 完全にバレていた。

 しかしすぐに取り繕う俺。


「み、見たくて見たわけじぇねぇぞ! 不可抗力だ不可抗力! たまたまそういう体勢になっただけだろ!」

「じゃ見たくないわけ?」

「ぐっ!」

「アハハ反応素直すぎじゃん! はーおにーさんってめちゃくちゃわかりやすいから面白いんだけど。ま、おにーさんのエプロンだからおっきいし、胸元開くからしょうがないでしょ」

「だ、だよな。仕方ないよな!」

「で? JKのナマ谷間覗けて嬉しかった?」

「はぁ覗いてねぇし! 嬉しくねぇし!」

「顔赤いぞ~? このムッツリスケベ♪」

「ぐぬぬ……!」


 もはやこれ以上の抗議は無意味であり見てしまった時点で男の弱みであると心外な評価を甘んじて受け入れることにした俺。ちくしょう。メイの方はまったく気にしないで笑ってるもんだから俺だけ恥ずかしくなってくるじゃねぇか!


 そこで存分に笑い終えたメイがちょいちょいと手招きする。


「おにーさん、おにーさん」

「ん? な、なんだよ」


 少し警戒気味に顔を近づけた俺に、メイがその唇を寄せてささやくように言う。



「わざとだったら、どーする?」



 メイは胸元に当てていた手を一瞬だけパッと外し、俺の反応を見てまたおかしそうに笑った。


 こうしてだいぶ溶け出した二本のペットボトルが健気に汗をかきながら役目を果たす中、俺たち二人の夕食タイムは過ぎていったのだった。

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