第6話 デリバリーメイちゃん

 気付いたときには、ピピピピピとスマホのアラームが鳴っていた。

 毎朝のように責め立ててくる電子音を鬱陶しく思いながらアラームを止める。そしてそのまま安らかな時間を手に入れた。


 現実と夢との曖昧な境。ふわふわしたまどろみの時間。


 そんな至福の時を堪能しているとき――



『――おにーさんっ! 起きて起きて! 遅刻しちゃうよ~!』



「……はっ!? …………うわやべぇ遅刻ッ!」


 がばっと布団をはねのけるように起きる俺。

 で、急いで着替えようと思ったところですぐに気付いた。


「――って、そうだった。もう遅刻とかねぇじゃん……」


 ぽりぽりと頭を掻きながら周りを見る。

 つけっぱなしのノートパソコンには求人情報のページが開かれたままで、昨晩メイと別れたあとで寄ったコンビニでもらった求人情報誌も散らばったまま、扇風機の風を受けてぱたぱたページがめくれていた。


「まさかアイツに起こされるとはなぁ……」


 夢に見たメイの顔が思い浮かんだとき、スマホからポポンッと軽い通知音。

 手に取ると、まさにその当人からメッセージが来ていた。


『おにーさんおはよっ!』

『お仕事ないからって寝坊してるんじゃないの~?』

『早起きは三文の得っておばあちゃんも言ってた。アツいけど元気だしてこ!』

『じゃ、放課後いくからよろしくねー』

『食べたいのあったらリクちょ』


 わずか1分ほどの間に怒濤のメッセージとスタンプ群。さすがJK仕事が早い。


 俺は布団の上で腕を組み、しばし熟考して。

 再びスマホを手に取ると、メッセージを送った。


『おっす。暑い日こそ定番のカレーだな』


 すると瞬時に既読がつき、なんかのアニメキャラがOKしている可愛いスタンプがポンッと返ってきた。早えなホント。

 それにしても不思議なもんだ。

 昨日はあれだけ凹んでいたはずなんだが、一晩ぐっすり眠って吹っ切れたのか、はたまたメイのメシのおかげか、むしろ仕事に行かなくていいのだという解放感で朝から妙なテンションになってくる。これが自由か。悪くない。


 俺は立ち上がって動き出す。


「自由もいいが、適度に不自由なお仕事探しがんばりますかね!」


 それに、朝から夕食が決まっているというのはなんだか気分がイイモンだった。



 ――で、パソコンやらで情報を得つつ仕事探しをしていたらあっという間に夕方である。

 窓の外はまだまだ明るく、子供たちの声もよく聞こえてくる。ちょうど下校の時間だな。メイも来る頃かもしれない。


 なんて思っていたときに、『ピンポーン』と俺の部屋のチャイムが鳴った。


「うおっ!」


 なんちゅうタイミングだと驚きつつ玄関に向かい、いまだに振り込みでも引き落としシステムでもない大家さんの家賃回収や新聞屋の営業だったりしねぇだろうなと思いながら扉を開ける。


「フードデリバリーメイちゃんでーす! お代金100万円になりまーす!」


 予想外の高額請求をしてきたのは大家さんでも新聞屋でもなく、特徴的な金髪をおさげに結った制服姿のニコニコスマイルな女子高校生であった。その手に持ったゆるキャラデザインのエコバッグからカレー粉や野菜なんかの食材がいろいろと見えている。


 俺は扉を全開にして手で押さえながら言った。


「悪いが出世払いで頼むわ」

「しょーがないからそれでおけ! ってかおにーさん、こういうのノッてくれるタイプ? ちょっと嬉しーんだけど。にしてもアツいねー! お邪魔しまーす」


 メイはまたブラウスをパタパタさせながら俺の脇を通って部屋の中に入ってくる。シャンプーなのか化粧品の類いなのかアロマオイルとかなのかよくわからんが、ふわっと香ったメイの匂いと、そして汗でうっすらと透けたブラウスの背中にちょっとばかりドキッとする。


 扉を閉じたところで、手を洗い始めたメイに向かって言う。


「つーかメイ、マジで来たのな」

「はーなにそれ? そりゃ来てって言われたんだから来るでしょ。それよりお仕事イイの見つかったー?」

「いや、それはさすがにまだ。つーかここ引っ越してなくてよかったよ。家賃もっと高かったらすぐ払えなくなって終わってたからな」

「アハハハそだね! ま、でも追い出されたらあたしがカワイソーな子犬ちゃんを拾ったげるから安心しなよ。あ、必要そーなものスーパーでいろいろ買っといたから。コーラも安くなってましたわよ」

「おお、サンキュー。あとでレシートくれ。金払うわ」

「んー。それよりさ、昨日も思ってたんだけどおにーさんの部屋エアコンないのー? こんなアッツイ中でカレー作って食べるのけっこー辛くない?」


 そのままガラガラとうがいも済ませてからエプロンを手に取るメイ。手慣れた様子でおさげの金髪をポニーテールに結び直すと、エコバッグの中の物を整理して冷蔵庫にしまい始めた。


「あー、去年壊れちまってそのままなんだよ。なにせ旧式だったからなぁ。地元が割と暑かったから俺は慣れてんだが、メイにはキツイか。スマン」

「今はまだマシだけどさー。8月とか絶対キツイって絶対! それまでになんとかしておいてよー。とりま、今日はコレでしのご! あ~つめた~♪」


 とか言って冷凍室から取り出した二本のペットボトルを自分の両頬に押し当てるメイ。どうやら空のコーラのボトルに水を入れて凍らせていたようだ。


「おま、いつの間にそんなもん」

「へへ、昨日のうちに冷やしといたの。おばあちゃんが教えてくれたんだけどね、こういう凍らせたペットボトルとか氷をボウルに入れて部屋に置いとくとね、扇風機の風も冷たくなってきもちーの! 気化熱ってヤツ! エコでいいよねー」

「へぇ、おばあちゃんの知恵袋的なもんか。てかメイっておばあちゃんっ子なのな」

「まぁねー。うちってパパもママも忙しいから、小さい頃からよくおばあちゃんに世話してもらってたの。料理もおばあちゃんが教えてくれたんだよ。おにーさんはそのおかげで美味しいごはんが食べられるんだから、うちのおばあちゃんに感謝しなー?」

「うっす。メイのおばあちゃんありがとう。あなたの孫娘に生かされています」

「アハハなにそれ!」


 素直に手を合わせた俺を見て笑い出すメイは、とても楽しそうだった。

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