第5話 本気のJK
それから片付けも済んだところで、時刻は既に21時過ぎ。
さすがに一人で帰すわけにもいかなかったので、メイを送っていくことにした。
「別にいいって言ってるのに~。うちもそんな遠いわけじゃないんだしさ」
「だからってこの時間にお前みたいなJK一人で帰せるかよ。ほら、さっさと支度しろって」
「ハーイ。あ、そろそろ乾いてるかな」
「ん?」
まだエプロンを着けたままのメイはとことこと居間の方に戻り、ガラガラと窓を開ける。
ベランダに、メイのあのピンクブラジャーが夜干しされていた。
「は? ちょっ! お、お前それ干してたの!?」
「うん。だっておにーさんち乾燥機ないじゃん。パンツはドライヤーですぐ乾いたんだけどねー。んー、まだちょっと湿ってるしちゃんと洗えてないから気持ち悪いけど、しゃーない。おにーさん、ちょっとそっち向いててね。着替えるから」
「は、はぁ!? つか、それっ! ほ、干してあるってことは、おまっ、今まで――」
真実に気付いてしまった俺。
エプロンをしていたから気がつかなかったが、こいつ、ま、まさか俺の風呂を覗きにきたあのときからずっと――!?
するとメイはブラジャーを手にしたまま俺の方を見て、ニンマリと小悪魔的な微笑を浮かべる。
「おにーさんさぁ……ひょっとして、あたしのノーブラ想像してる~? エプロンの下、どうなってるか見てみたい?」
そう言って、エプロンを徐々にめくりあげていくメイ。俺はすぐに答えた。
「そ、そ、そんなわけねぇだろさっさと着替えて帰ってくれ!」
「アハハハ冗談だってばっ。やっぱドーテーだ!」
うるせぇ童貞で悪かったなちくしょう小悪魔JKがよ!
そんなやりとりも終えて、ようやく二人で外に出る。七月の夜はすでに蒸し暑く、シャワーを浴びたばかりでもすぐに汗ばんでくるくらいだった。
そして俺たちが出会った海浜公園に辿り着き、海沿いの遊歩道を歩きながらメイが声を上げる。
「アッツイねー! せっかくシャワー浴びたのにもう汗だくになりそー」
とか言いながらブラウスの胸元を引っ張りパタパタさせて涼むメイ。もう片方の手には家を出るときにやったチョコアイスのバーを持っており、溶け出していたそれをぱくりと頬張る。なんとも幸せそうな顔をしていた。
「ん~! やっぱポルム好きー! あ、おにーさんも一口食べる?」
「堂々と食いかけを勧めんでいい。てか、あんまり人前でパタパタするなって。リボンタイの間から胸元見えて気になるんだよ」
「わっ、ドーテーなのに意外とそーゆーことサラッと言えちゃうタイプ?」
「うるせぇ悪かったな!」
「アハハゴメン悪くないってば! ま、あたしも他に人がいたらやめとくよ-? でも今はおにーさんしかいないしいいかなーって。うわ垂れちゃう!」
パタパタをやめて垂れてきたアイスを舐めとりご機嫌そうに食べすすめるメイを横目に、俺はふとつぶやいた。
「なぁ、もちっと気をつけろよ」
「ほぇ?」
メイが不思議そうに目をパチパチさせてこちらを見てくる。
「なんかいろいろと無防備だろ、お前。割と美人なんだし、他の男の家だったら何されてたかわかんねーぞ。つーかそもそも知り合ったばっかの男の家にくんなっての」
「……心配してくれてるの?」
「ひとんちでいきなりシャワー浴びる距離感バグったJK見てりゃ心配くらいするだろ。ったく、男はああいうの勘違いするヤツ多いんだって……だからちゃんと人を選んでだな……」
ぶつぶつとそんなことをつぶやきながら歩いていると、メイが足を止めていたことに気付く。
「――ん? メイ?」
立ち止まって振り返ると、メイはぼうっと俺の方を見ていた。
メイはすぐに駆け出して俺の前にやってくると、
「あーげるっ♪」
「んぉっ!?」
その手に持ったアイスのバーをいきなり俺の口に突っ込んできた!
「んぐぐぉっ――ちょっ、あぶねぇだろいきなりそれはやめろって!」
「ゴメンゴメンっ。でもよかったね、わ・り・と美人なJKと間接キスできたじゃーん。今夜のオカズにしてもいーよ♥」
「お前なぁ……」
アイスの棒を取り出しながらわずかな動揺と共に辟易する俺を見て、メイはからかうように笑いながら前へ走った。
それから辿り着いた橋のところで前のメイが振り返る。スカートのプリーツが綺麗に揺れた。
「もうここでいーよっ。ここからならだいぶ近いしさ」
「おう、そうか。気をつけて帰れよ」
「ハーイ。おにーさんもね!」
メイは手を振りながら帰っていく。
そんな彼女の後ろ姿を見てたら……自然と声が出ていた。
「メイ!」
「んーっ?」
「俺、また一からやってくわ! バイトでもしながら仕事探してさ!」
「おー! その意気じゃーん! そーそーがんばれ!」
「お前のおかげで元気出たわ! 特にメシ! 美味かった! ありがとな!」
俺も軽く手を振り返す。
きっと、もうメイと会うことはないだろう。
偶然の出会い。
たった一晩、数時間だけの、
そんなことを思っていたら――メイはなぜかまたぴたりと足を止め、こっちに駆け足で戻ってきた。
「おおっ? 今度はなんだよ? 忘れもんでもしたか?」
「やっ、そーじゃなくて。あーでもまぁ忘れ物といえばそうかも」
メイは呼吸を整えると、俺の顔を見上げてこう言った。
「ねっ。あたし、ごはんつくりにいったげよっか?」
「……は?」
呆然と聞き返す俺。
するとメイはちょっとばかり照れたようにはにかんで言う。
「放課後とかさ。今日みたいにヒマなとき作りにいってあげてもいいかなーって。てゆーか! あそこまで事情知っちゃったら放っとけないっていうかさー? おにーさん、割とメンタル心配げ。あんな汚い部屋にいたら運気も下がりそうじゃん。あと美味しいもの食べないとゼッタイダメ! いろいろ上手くいかないのってそのせいかもよ? 洗濯物とかもそのままだしさー、あたしあーゆーのキライなんだよね。こうみえてキレイ好きですしー」
毛先を指でくるくるさせながら後半はちょっぴり早口に、そしてどこか気恥ずかしそうに。
――社会人失格男と、現役女子高校生。
普通なら、ここはハイハイ子供が何言ってんだと突っ返すところだろう。実際、俺はそうするつもりでいた。
いたはずなのに。
「――んじゃ、ヒマなときにでもメシ作りに来てくれよ」
俺の口から出たのは、そんな言葉だった。
オイオイ何を言ってんだと自分でも思う。
冗談と受け取られても構わない。
するとメイはちょっとびっくりしたような顔をして――それから、彼女らしく朗らかに笑った。
「オッケー! じゃとりま連絡先交換しとこ! で、食べたいものとかあったら教えて! 食材は……うーん忙しかったらあたしが買ってってあげてもいーけど。あとはあたしの腕に任せなさい☆」
腕まくりをしてウィンクするメイに、俺も思わず笑い出す。本気じゃんこいつ。
てなわけで、その場で連絡先を交換することになった俺たち。
スマホの画面に映る『朝比奈 愛生』の名前を見つめ、メイってこういう漢字なのかとか思っていたら、メイが「おにーさんのミナトってこーゆー漢字なんだ」とつぶやいた。考えることは同じだな。
メイがスマホをしまって言う。
「ね、おにーさん」
「ん?」
「あっちで二人一緒に海に落ちたときさ、おにーさん、あたしのことずっと離さないでいてくれてたじゃん。それに、勘違いだって笑ってた」
「ああ……それがなんだよ?」
「んー、や、だからさ~」
メイはなんだか言いづらそうにまた毛先を指で弄っていたが……いきなり両手で俺の頬をパンッと挟んできた!
「ふごっ!? お、おいなんだよ!?」
驚きと同時に戸惑っていると、メイはちょっと真剣な顔で俺を見上げる。
「あたし、けっこーちゃんと人は選んでるってことっ! じゃ、じゃーねバイバイ!」
そして俺と目を合わせることなく、メイは走り去っていく。俺は呆然とその後ろ姿を見送り――そして笑った。
俺とメイ。
一晩だけのはずだったおかしな二人の関係は、もう少しだけ続くようだった。
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