第4話 がんばったじゃん
腹が満足にふくれたところで、神妙に手を合わせる俺。
「ごちそうさまっした。あー……なんか久しぶりにちゃんと食った気がするわ……」
「はいおそまつさま。そんであたしもごちそうさま!」
二人揃って手を合わせる。
俺がじっとメイの方を見ていたら、彼女も「ん?」とこっちを見た。
「なに? やっぱ足りなかった? 卵でも焼いたげよっか?」
「いや十分。ただ、お前みたいなJKというかギャルって料理とかしないもんかと思ってたから」
「うっわヘンケン! ギャルなめんなよーってことではんせーしな?」
「すんませんした」
「よろし! じゃ、ちゃちゃっと片付けちゃうねー」
と言って食器をまとめだしたメイに、俺は慌てて立ち上がり食器を手に取る。
「いや待てそれくらい俺がやるって! いきなりメシ作ってもらったうえんなことまでさせられるかっての」
「そう? じゃー二人でちゃちゃちゃちゃっと洗おうよ。そっちのが倍速じゃん」
「倍速の意味はわからんが……まぁそうするか」
てなわけで、狭いミニキッチンに並んで立つ俺たち。手際の良いメイが本当に倍速みたいな速さで食器を洗い、それを俺が拭いて片付ける。
「ほい」
「おう」
初めての共同作業は不思議とスムーズで、メイがうちにいることの違和感なんてそのときにはさっぱり消えていた。
そんな流れ作業を続けている中、メイがつぶやく。
「でさー。結局何があったわけ?」
「ん? ああ、別に大したことじゃねぇよ」
「大したことなかったらお酒ニガテな人が酔っ払って海に飛び込まないでしょ。あたし、あれけっこー本気で慌ててたんだけどー? ほい」
メイが手渡してきた皿を受け取り、俺は少し悩んでから話すことにした。少なくとも、本気で俺を心配してあんな風に飛びついてきたヤツに隠し事をするのは誠意がないと思ったからだ。
「お得意先の会社でな。うちの商品――あー、俺の会社って自販機の飲料とか作ってるんだけどな、新商品がボロクソに言われてよ、こんなもの売れるわけないし本気で作ってるのは情けないって笑われちまったんだ」
「え? ちょっとなにそれ、ひどくない!?」
「開発部の人たちが頑張ってたの知ってたからさ、俺もそれはないだろってその場でブチギレちまって。けど一緒にいた上司がずっと平謝りでとにかく関係を続けてくれって。んでまぁその場はどうにか収まったんだけど、お得意先から上に直接クレームが来てな。たぶんそのせいなんだろうけど、会社に戻ったら上司から『明日から来なくていい』ってさ。要はクビだよ』
「ハァァァ~~~~!?」
メイは食器洗いの手を止めて荒々しい声を上げ、眉をひそめてこちらを見た。
「なにそれ! それでおにーさんが会社クビになっちゃったの!? 意味ワカンナイんだけど!」
「ま、それだけお得意先を怒らせたってのは影響デカいんだろうな。むしろ俺のクビ程度じゃすまないレベルかもしれねぇし」
「だからってさぁ! おにーさんそれで納得してるワケ!?」
「……そんなわけねぇよ」
その声は、少し震えていたかもしれない。
だからメイは、少しハッとした顔で俺を見た。
「俺な、大学入るときにいろいろあって実家と縁切っててさ。勘当されたようなもんでもう帰れないんだ。ま、母親は今でもこっそり野菜とか送ってくるんだけどよ。んで、大学通いながらバイトして金貯めて、でも目的の業界にはいけなくてさ。最初はやりたくもない仕事だったけど、最近ようやく好きになれ始めてたんだ。でも遅かったかな」
「おにーさん……」
オイオイ。なんだって俺は今日出会ったばかりの年下ギャルな女子高校生に身の上話なんてしてんだ。でも、なんでかこいつにはスラスラと恥ずかしげもなくそういう話が出来た。
「もう実家には帰れねぇし、会社にも戻れねぇし、奨学金だって返さなくちゃいけねぇし、そもそも仕事なくなったらこれからどうすりゃいいんだろなぁ。はは。やっぱ親父の言う通りにしときゃよかったんだろうな。結局、中途半端なダメ人間じゃねぇかよ」
自嘲めいた笑いがもれてくる。
メイに話すことでようやく自分の置かれた立場を客観的に理解出来たのか、悔しさや後悔や情けなさみたいなもんで胸がいっぱいになっていた。
俺は今まで、何をやってきたんだろう。
「どうよ? ボロアパート暮らしで親にも見放された無職童貞の末路だぞ。ダサすぎて笑えてくるだろ」
そうやって軽々しく自分を蔑みでもしなければ泣けてしまいそうだった。
するとメイは――いきなり俺の両頬を両手でパンッと挟むように叩いてきた。
「いってぇ!? ちょ、なん――」
つい声が止まる。
メイが、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「自分で自分をダメって言うな!」
そのたった一言が、俺の頭の中まで叩いたような気がした。
メイは俺の両頬を平手で挟んだままグイッと顔を近づけてくる。
「後悔先に立たず! 塞翁が馬!」
「は?」
「おばあちゃんがよく言ってた。やったことを後悔しても仕方ないんだって。おにーさんは正しいと思ったことをしたんでしょ? だったらそれは間違いじゃないよ! てか、自分の会社の商品をバカにされたら怒ってフツーじゃん!? それでヘコヘコしてる方がダサすぎなんだけど! むしろあとでよく言ったなって言ってくれる上司じゃなきゃダメっしょ!」
「……お前……」
「自分の夢を叶えるためにがんばってきたんでしょ? 自分の夢を守るために戦ってきたんでしょ? すごいじゃんかっこいいじゃん! おにーさんがやってきたことはすごいことなんだからさ、おにーさんが自分で自分を褒めてあげなきゃダメだよ!」
真剣に。
こんな俺の話を真剣に聞いて、真剣に怒って、真剣に向き合ってくれている。
そしてメイは俺の頬からパッと手を離すと――
「まっ、でもクビになっちゃったもんはしょーがないもんねっ。切り替えてさ、また次がんばればいいじゃん? ほら、今回はあたしが褒めたげるからさ。おにーさん、よくがんばりました! エライエライ!」
太陽みたいに明るく笑い、背伸びをして俺の頭を撫でてきた。
……は?
ウソ、だろ?
「……ん? おにーさん?」
オイオイ。ちょっと待ってくれよ。
さすがにこんなのダサすぎるだろ。
「え? ちょ、ちょっとおにーさんっ? 泣いてるのっ?」
メイが目をパッチリさせて驚く。
俺は顔を背けて答える。
「いや泣いてねぇよ」
「いや泣いてるじゃん」
「泣いてねぇって」
「泣いてるってば。あーもう男って無駄にいじっぱり! 別に泣きたきゃ泣けばいいし、それでダサイとか思わないから。あたしだって水泳の大会負けたときフツーに泣いたし。しょーがないなぁ。特別にハグもつけたげる」
メイはそう言って優しく俺に抱きつくと、また頭をポンポン撫でてきた。
「よしよし。がんばったじゃん」
ちくしょう。なんでだよ。
親父に勘当されても、母さんから野菜と一緒に手紙が届いても、夢敗れた末にようやく内定もらっても、そこをクビになっても、まったく泣くことなんてなかったのによ。
なんで今なんだ。
なんでメイの表情や、声や、感触が、こんなに心にガンガンくるんだ。
俺は、メイに抱きしめられたままで言った。
「なぁ」
「んー?」
「成人男性が出会ったばっかの女子高校生に慰められて泣くとかさ、やっぱダサイだろ」
「そーかなー? あたし的にはけっこーカワイく見えるけど」
「マジかよ」
「母性本能ってヤツ? 普段イキってる男の子が弱って子犬みたいな顔するとキュンとくるのあるじゃん。そういうカンジ。あれ、ひょっとしてあたしイイお母さんの素質ある?」
「……かもな。てか俺はイキったガキか子犬かよ」
「マジかー! やっばい、新たな才能開花しそう! あっ、保育士さんとか目指しちゃおうかな! どうどう似合うと思う? ピアノとかもちょっとは出来るし!」
「聞いてねぇし。悪くないんじゃねぇの」
「そっかー。あたし将来の夢とかなかったからさ、候補が見つかってラッキーってカンジ! おにーさんのおかげかも。ありがとね!」
メイの無邪気な声は、何の嫌みもなくスッと受け入れられる。
だから、こっちからも素直に言えた。
「……ありがとな」
そんな俺のつぶやきを聞いて。
メイは「んふふっ」と嬉しそうに笑ったあと、また俺の頭をポンポンとした。
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