第3話 こうみえて尽くし系です

 シャワーを済ませたメイにふかふかではないバスタオルと白シャツとドライヤーを渡し、今度は俺のシャワータイムである。


 普段当たり前に使っている手狭なシャワールームなんだが、いつもとなんか匂いが違うし、メイが使ったあとだと思うと少し緊張してく……いやなんでだよ俺の家だぞ。ああもうさっさと済ませよう。


 とか思ってお湯を出したところでいきなり扉がガラッと開いた。


「うおっ!? な、なんだよ!」


 そこに、俺のTシャツを一枚着ただけのメイがそこにいた。

 まるでワンピースみたいになっているTシャツがぶかぶかなせいで胸の谷間が見えていたり、下はスカートも穿いていないから白い脚がむき出しになってしまっている。さすがにこの不意打ちには驚いてしまった。


 メイは目を細めてニマニマ笑う。


「んふっ。お背中流してあげよっか~?」

「いいって! つか堂々と開けんなよっ!」

「アハハ冗談だってばー。ねー意外と冷蔵庫いろいろ入ってるね。アイスとか食べていい? あたしポルム好きなんだー」

「好きにしろ!」

「てんきゅー♪」


 それだけ言って扉を閉めるメイ。なんだよ今のやりとり。同棲中の彼女かよ。いや同棲中の彼女なんていたことねぇけど。


「……最近のJKってのはこんなグイグイくんのか……?」


 一人で悶々としたものを抱えながら、俺は出来る限り熱めのシャワーを浴びまくった。



 サッパリしたところでシャワールーム内で着替えを済ませた俺は、そこを出た瞬間に驚いた。


 目の前のミニキッチンで、髪を後ろにまとめたポニーテールなメイがエプロン姿でなにやら料理らしきことをしていたからだ。


 メイが「おっ」とこちらを振り返り、菜箸を持ち上げながら言う。


「サッパリした~? エプロンとかいろいろ借りてるよー」

「……え? あ、ああ」

「そんでもってほい。お味見」

「は?」

「あーん」


 スプーンに載せられたイイ匂いの煮物を近づけてくるメイ。

 俺が戸惑いながらも口を開けると、すぐにスプーンが突っ込まれた。

 鶏肉、じゃがいも、にんじん、それにしらたき。それぞれしっかり味が染みていてバランスよく口内調和する。見事な肉じゃがだった。


「どう? にんじん固くない?」

「……いや。ちょうどいい、と思う」

「そっかー、へへよかった。んじゃそっちでもちょっと待っててー」

「お、おう……」


 ふんふーんとご機嫌な様子で料理を続けるメイをよそ目に、俺は居間の方へ向かう。

 すると、テーブルの上にペットボトルのコーラと氷の入ったグラスが用意されていた。ていうかテーブルも布巾で磨かれて綺麗になってるし、部屋の中も洗濯物がまとめられてたりとちょっと整理されている。マジかよ至れり尽くせりっていうか俺がいつも風呂上がりのコーラタイムしてること完全にバレてるじゃねぇか。


「おい、メイ?」

「気が利くでしょー? こうみえてけっこー尽くすタイプですからー♪」

「そ、そうなんか……」

「あー、そーそーおにーさんさー。ホントはお酒弱いっしょ?」

「は?」


 コーラを注いでたところでメイが頭を後ろに傾けるような形でこちらを向き、ポニーテールがひらりと揺れた。


「やー、だってこの部屋あんまり片付いてないしゴミ袋とかも残ってんのにさ、お酒の空き缶とか空き瓶はぜんぜんないじゃん? 代わりにコーラばっかり。てゆーか冷蔵庫の中みればだいたいどーゆー人かわかんじゃん。飲めないクセにかっこつけるとこが男ってバカだよねー。コーラ飲んで待ってなー」

「お、おう……」

「でも調理器具とか食材は結構まともなのあったから、実家から送られてきてるとかそういうカンジ? もったいないからちゃんと使いなよ~。あ、ご飯は冷凍のがあったから今日はそれね。あと期限切れの納豆とかあったから捨てなー」

「お、おう……」


 なんかもうひたすら同じ生返事しか出来ずに呆然とする俺。


 こいつ、今さっき初めてうちに来たんだよな?

 いや馴染み方普通じゃねぇだろ。マジで同棲中の彼女かよ。なんで当たり前のように夕食作ってくれてんの? 最近のJKの距離感どうなってんだよバグってんだろ。これもこいつの自然体な性格がなせるもんなんだろうか。営業職とかやったら案外成功するんじゃないのか?


 なんてことを考えたり、とにかくメイのことが気になってテレビにもあんまり集中出来ず、たまにコーラを飲んで気を紛らわせて、グラスの氷がカランと音を立ててだいぶ小さくなってきた頃にメイの料理が完成した。


「ほーいおまたせー。んじゃ冷めないうちに食べちゃお」


 普段はせいぜいおかずが一品とかカップラーメンとか適当なものしか並んでこなかった我が家の小さなテーブルいっぱいに、色とりどりの見事な晩ご飯が並んでいた。

 ご飯に味噌汁。ドレッシングのかかったサラダ。そして先ほど味見した鶏の肉じゃが。必要十分にして最良。漂う湯気と香りによって腹の底から食欲が刺激された。


 エプロンを着たままのメイが座ったところで切り出してみる。


「なぁ。お前、なんでメシなんて作ってくれてんの?」

「んー? だって晩ご飯の時間だし? おにーさん出てくるまでヒマだったしさ。ていうかお前はやめてってば」

「あ、悪い」

「ん! ひょっとしてお腹空いてなかった?」

「いやめっちゃ空いてる」

「アハハ素直! まぁ細かい話はあとでいいじゃん。食べよ食べよ。それではお手を合わせまして。いただきます!」

「お、おう。いただきます」


 キチンと手を合わせて食事を始めたメイ。

 よく見れば正座をしていて姿勢も良いし、箸の持ち方も綺麗だし、なんというか、食事する様にも品がある。こいつ、意外と育ちがいいのかもな。


「なにみてんの? ほら、せっかく作ったんだから早く食べてよ」

「あ、ああ……」

「あ、それともまたあーんしてあげよっか?」

「え? いやいいってっ」

「遠慮しなくてもいいじゃん。お仕事お疲れサマでした! ほら、あーん」

 

 箸でじゃがいもをつまんで本当にしてくるメイ。

 無性に恥ずかしくなってきたが、わざわざメシまで作ってくれたヤツを邪険に扱うわけにもいかず、仕方なく口を開いて受け入れることにした。


「……!」


 そんでもってその味に心から仰天し感心する俺。

 こうなるともう自分の箸が止まらなくなり、もう一つもう一つと食べ進めていく。肉じゃがは先ほどよりさらに味が整っていたし、鶏やにんじんがより柔らかくなっている。サラダはなぜか自分で作るよりみずみずしくシャキッとしていたし、味噌汁は程よい塩味が疲れた身体に染み渡った。

 ついさっきまで――あの公園で一人やけ酒してたときは食欲なんてまったくなかったのに、今は身体がこれを求めていたとばかりにいくらでも入ってくれる。


 メイがずいっと身を乗り出してきた。その目は期待に満ちている。


「どうどう? 残ってた野菜とかお肉とかテキトーに使っただけだけど、そんなに悪くないっしょ?」

「悪いどころかめちゃくちゃウマイぞ!」

「ホントーっ? アハハよかったよかった! 男の人ってこーゆー肉じゃがとか好きってゆーけどホントなんだね。んじゃいっぱい食べてよ」

「おう!」


 ガツガツと食べ進めていく俺を見て、メイは「ちゃんと噛みなよー」とおかしそうに笑ってから、自分の料理には手をつけずしばらくじっと俺のことを見ていた。


「――ん? な、なんだよ冷めるぞ?」

「んふふっ。誰かと一緒にごはん食べるのってさ、幸せってカンジしない?」

「は?」


 言われてみれば……誰かと一緒にメシを食うのは、久しぶりだったかもしれない。

 メイはなんだか楽しげにニコニコ笑う。


「それにさ、ちゃんと感想言ってくれたの嬉しくって。おにーさん、やっぱイイ人だよね」

「きゅ、急になんだよ。いいからさっさと食えって。あとでアイスもう1本やっから!」

「ん♪」


 家族でも親戚でもなければ、恋人でも友達でもない。初めて出会った女子高生と、二人きりの珍妙な夕食タイム。

 でもそれは、なぜだかホッと落ち着ける心地よい時間で。

 すべての料理は、あっという間にテーブルから消えていったのだった。

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