第8話 カレシカッコカリ
食後は片付けをしながらだべったり、なんとなくバラエティ番組を見たり、メイの宿題をみてやっているうちに21時を過ぎ、ちょうど昨日と同じ時間だからとメイを帰すことにした。
メイはテレビに映る新作ドラマに目を向けながら、テーブルに突っ伏して不満げにつぶやく。
「えー、別にもうちょっと遅くてもいいじゃん」
「お前制服なんだし、補導されたりしたら面倒だろ。そういやメイってどこの高校なんだ? この辺か?」
「んー?
と、何気なく訊いた質問のさりげない答えに固まる俺。その名は俺でも知っていた。
「ちょっ――確か聖櫻って資産家や政治家の子供ばっか通ってる都内屈指の名門校だろっ? お前お嬢様なの!? そもそも金髪ギャルなお嬢様なんて実在すんの!?」
「いるじゃんここに。てかこれは地毛だしー」
「あ、そうなのか。まぁ染めてるにしては綺麗だなと思ってたが」
「えーなになに、急に褒められたんだけど」
テレビからこちらに視線を移し、自分の髪を指にくるくる巻きつけてご機嫌そうなメイお嬢様。なんつーか〝お嬢様〟の概念が変わってくるな……。
「ていうかメイ、聖櫻のお嬢様がそんな着崩していいもんなのかよ。先生に怒られたりしねーの?」
「学校じゃキッチリしてるもーん。夏ならサマーニット着たり、ボタンも上まで全部閉めるし、伊達メガネかけたりもするし。写真みせたげよっか?」
と言いながらスマホを操作し、「ほい」と一枚の写真を見せてくるメイ。
おそらくは入学時のものだろう。聖櫻の校門前と思われる場所で、キッチリと制服を着たメイが母親らしき女性と並んで姿勢良く微笑んでいる。その清楚な出で立ちから醸し出される品格は完璧な淑女のそれであり、目の前のギャルっぽいメイとはどこか別人のようだった。そんでもってなるほど。メイのあれこれは母親譲りだったか。
「ね? ちゃんとしてるっしょ? 放課後のメイちゃんは魔法のかかったシンデレラなの~♪」
「ちゃんとしすぎてて驚いたが、着飾るより薄着になるとはなかなかのファッショニスタシンデレラだぜ。まーそれはわかったけど、お嬢様ならなおのことご両親が心配すんだろ。連絡とか来てないのか?」
「来てる来てる。心配はいつもしてくれてるだろうけどさー、二人とも帰り遅いし、てか帰ってこない日のが多いし。おにーさんとこいるから安心安全だよ~って言ってあるし。ほら」
「は?」
再び素早く操作したスマホの画面をサッと見せつけてくるメイ。
それはおそらく両親とのグループメッセージのやりとりで――
『今日から彼氏のうちで晩ご飯作ることになったからー』
『遅くなっても心配ご無用でーす』
『ママ了解。美味しいもの作ってあげてね♥』
『パパは否!』
『断じて否!』
『認めていません!!!!』
『21時には必ず帰ってきなさい!!!!』
『そもそもいつ付き合い始めたんだ!!!!』
『付き合う前に顔を見せにくるのが筋だろう!!!!』
『パパより好きだっていうのか!!!!!』
『どこの軟弱な男なんだ!!!!!』
『そんな男パパは絶対認めません!!!!!!』
『認めません!!!!!!!』
『メイちゃん連絡ください!!!!!!!!』
『パパ。うるさい』
母親の方はあっさり承諾していたが、父親の方はめちゃくちゃごねていた。そしてごねる父親を最後に母親が一蹴して父親が涙顔のスタンプを送っていた。
メイがケラケラ笑いながら言う。
「ほらね、心配要らないっしょ?」
「おお……ってそんなわけねぇだろがー!? よくみろよ父親全然認めてねぇじゃん! つーかいつ俺が彼氏になったんだ!?」
「や、だって付き合ってもない男の人の家に通うってほうがヤバくない? そこはいちおー彼氏にしといたほうがパパもママも安心するじゃん」
「ん? ……お、おお。まぁそれは確かに……」
「でしょ? とゆーわけだからカレシカッコカリのおにーさん、もうちょっといてもいいっしょ? てゆーかせめてこのドラマ見終わるまで! ねっ?」
「ったく。わかったわかった。んじゃそれまでな。終わったら絶対帰るぞ」
「ハーイ♪ ねねアイスとってきていい? 観ながら食べよー!」
「おお……んで宿題はもういいのかよ……」
ご機嫌に返事をしたメイが冷蔵庫からアイスを二つ持ってきて、それから二人でおすすめドラマの続きを鑑賞。序盤のコメディぶりから一転、ハラハラドキドキな展開に二人でギャーギャー騒ぎ、結果、ニセ彼氏の俺も見事ドラマにハマってしまうことになるのであった。
ちなみにドラマの内容は、伝説の殺し屋である女性がひょんなことから主人公の冴えないサラリーマンの家に転がり込んできてニセカップルとして同棲を始めるというサスペンス&ラブコメディである。メイが殺し屋じゃないことを祈ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます