第5話 相楽雛見の目線Part1
四月の日差しは、優しくてありがたい。この時期は私にとって一番すごしやすい季節だ。
春は別れの季節であると同時に出会いの季節でもある。新しい出会いがいいものかどうかは分からないけれど、いい予感は感じることが出来る。
私は今、校庭のグラウンドのそのまた隅っこにある木陰に座っていた。
校庭のトラックを、体操着姿の同級生たちが駆けていく。陸上運動の準備体操の一環だそうだ。体育の時間の風景は私にとってはいつでも他人事だった。身体が弱い私はいつでも見学していた。昔はちょっとした距離すら走ることができなかったのだが、今は少しマシになっている。けれども、激しい運動はやはりできなかった。だからいまだに見学する習慣はついている。夏になると、もっと体力に余裕が無くなるだろう。
トラックを走っている子たちが本当に遠くにいるように感じられる。実際遠くにいるのだが、なんだか向こうに向かって歩いてもいつまでも辿り着けないんじゃないか、という妄想が頭に浮かぶ。私だって、あのトラックの近くからここまで歩いて来たというのに。
地面を見るのが嫌で、顔を上げて、またトラックを見つめた。文庫本をポケットに入れてくればよかったかなとも思ったが、教師がうるさそうだったのでやめておいた。
五周走り終わったら休んでいいらしく、少しずつ、ノルマを終えてトラックから出ていく子たちが増え始めた。
その中で、カチューシャをつけた、短い栗色の髪の子が汗をタオルでぬぐいながら休憩に向かっている。
その子がこちらを見て、手を振って笑った。
私が演劇部に入部した日に出会った女の子。桔花だ。
かわいい人だな、というのが初期印象だった。私より背は高いけど、顔立ちは幼い。
けれど、元気でいつもなんだか楽しそうだ。
私も人生を楽しみたいと思っているけど、この子はもっと楽しそうだ。なにより、私の話を楽しく聞いてくれる。私は体が弱く、学校も休みがちだったせいもあって、長く休んだ日には友達の輪に入っていくのは苦労した。なかなか割り込むのは難しい。
かといって、いつも一人でいる子とつるむのはそれはそれで私には合わなかった。
今は体も少しは丈夫になっている。だからあまり心配する必要はないのかもしれない。けれどためらいはあった。今までと違って、ちゃんと輪に入っていけるのかという気持ちだ。人によっては笑い飛ばせる程度のものかもしれない。けれど、私には大事だった。
私は別に一人でいるのは苦痛じゃない。そういうのには慣れていたからだ。
けれど、もっと楽しく過ごしたい。そう考えてもいた。
そう考えると、寮生の多いこの学校は、地元の友達と離れてしまう子や、遠くから一人でやってきた子も多かったから、新しくコミュニティを形成するにはうってつけのようにも感じた。父親は反対していたけど、いざ体調が悪化しても、異常に気付く人が沢山いるだろうし、病院との連携もすぐとれるということを知ると承諾してくれた。それに親戚の叶もいる。
そんななか、一番初めにできた友達はとても新鮮だった。明るい子とうまく付き合えたのはこれが初めてだ。叶も明るいけど、彼女は昔馴染みだし、エネルギッシュと言った方が彼女には似合っている。だからこそ、新しく作る友達は、いままで無かったタイプが良かった。
愛らしい顔立ちで、可憐というわけでもなく元気で、しかも好きなことが似ている。嬉しかった。
「雛見さん、大丈夫ですかあ?気分悪くないですか?」
トコトコと、こちらに小走りで走って様子を伺いに来てくれる。
小犬のようで、なんだか気持ちがくすぐったくなった。
桔花が私の前にぺたんと、両膝をつく。隣に座ればいいのに、と思ったが私は
「ありがとう。でも平気さ。スポーツドリンクあるからね」
と木陰の中から返事を返す。そして、片手に持っていたスポーツドリンクをもう片方の手で指さした。
「体操着に着替えたくはなかったんだがね。どうせ参加しないのだから、そこも配慮してほしかったよ」
わがままだなあ、と自分でも思う。だいたい、スポーツしていない私がスポーツドリンクを買おうと思ったのはなぜなんだとも思う。私にとっては、夏になると必需品になるから見学になると癖のように買ってしまうのだけれど、時々意味が無いように感じる。引きこもりが飲むエナジードリンクみたいなものだ。
「仕方ないですよ。それに、制服よりも気持ちいいでしょう?」
そんなことを言いながら、困ったような笑みを浮かべる。私も、つられて笑った。
たぶん彼女の笑みと、私が浮かべている笑みは、全然似ていないのだろう。
私は目の前で膝をついている桔花を何秒か見つめた。今度、頭を撫でてみようかと思った。
この子が立つと、私よりも背が高いから、背伸びして。どんな反応をしてくれるだろう。
「ほら、そろそろ戻らなくちゃいけないんじゃないのかな?」
「あ、そうでした!先生ごめんなさーい!」
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