第4話 歌川桔花の目線Part4
「みんな、忘れ物は無いな。あと全員いるな?よし大丈夫」
部長が出欠をとった。私と雛見の女子会の翌日。午後四時に正門前に集まっていた。段々日が翳り始めている。
遠くで鴉の羽音が聞こえた。私達は正門をちらりと振り返る。
「さて、」
雛見が歩き出す。
「わ、眩し……」
急に、視界が眩しくなった。光が飛んできた方向を見ると、紫がカメラを構えて笑っていた。
「記念写真撮っといたよ!」
「紫が映らなきゃ意味ない」
巴が紫をいさめるように言った。私達は石段を降り、街へ出た。
「どこへ行くんだい?」
雛見が尋ねる。
「馴染みの店〜。よく行くんだ」
と部長。
「着いてからのお楽しみよ」
雫が含み笑いをする。クールな印象の雫がご機嫌そうにしてると、歓迎されるのが分かって気持ちが温かくなった。
「楽しみです」
———何屋さんなんだろう?
いくもの細い路地を曲がり、進んだ場所に石塀で囲まれた駐車場があり、その奥に二階建ての洋風の民家のような建物があった。
店内に入ると私達は窓際の席に陣取った。
客の数はかなり少ない。時間帯のせいだろうか?テーブルの一つ一つにしっかりと白いテーブルクロスがかかっていた。三人席と三人席が向かい合うような形になっており、私の隣に雛見、その隣に部長、向かいの席に巴、八重、紫、という組み合わせだ。メニューをみるとピザとパスタ、あとはケーキタルトが主流のお店らしい。
やがて注文が揃うと会長がジュースを入れたグラスを持って、音頭をとった。
「それでは我が演劇部こと劇団「Silhouette dream」にマスコットが二つも増えたことに乾杯!」
「……新入部員じゃなくてですか?」
「そうとも言うな。いや〜盆と正月が一緒に来たみたいだな」
「カモとネギじゃないのかい」
「違うな。どっちもメインディッシュだ。あたしは二人とも平等に扱う」
「結局カモ扱いじゃないですか!」
「お、ノリの良さは重要だよ。アドリブにも対応できる」
二人ともくっくっくと笑う。二人の息は驚くほどあっていた。似た印象などまるでなかったにもかかわらず。不思議と腹正しさは覚えなかった。むしろ妙にくすぐったかった。
それからは部活の話になった。去年の学園祭はフィリップ・マーロウ役で部長が「ベイ・シティ・ブルース」をやったこと、一番近い公演は六月十日の学園祭。脚本の候補が二つあること……
「そういや、なんでキッカちゃんはなんで演劇部歴二年なんだ?中学の間ずっとじゃなくて?」
そこは雛見にも指摘された所だった。移籍してきたのか、それとも途中で辞めたのか。
「いえ、実は家が転勤族なんです。母の会社、二年に一回くらい転勤があるから…」
母は外資系企業に勤めており、そこそこの地位にいるらしい。
ちなみに父親はコピーライターをやっている。
「演劇部には何年生の時から入ったの?」
と雫。
「二年生です。その時期に大阪に引っ越して。その前の学校には演劇部がなかったので」
中学校に演劇部がある所はわりと少ない。
「なんで急に入ろうと思ったんだ?」
と部長が尋ねてくる。
「中一の時、近くの教会で日曜学校というのがあったんですけど…」
そこで私は朗読のボランティアやっていたことがあった。絵本も小説も好きだったから、その中でも特に好きな物の面白さを伝え
たかった。そしてそれが楽しかったからだ。
「ちなみに、寮暮らしにしたのは一箇所に落ちつきたかったからだそうだよ」
「なんでお前が知ってんだよ」
と部長。
「色々と話したからね」
ね、と含み笑いで雛見が同意を求めてくる。
「私、こう見えて逞しいんですよ」
いい加減腰を据えて何かをやりたかった。長く付き合っていく人達が欲しかった。変わらないという安心が欲しかった。
みんな、なんとなく合点がいったように見えた。
「ん」
巴がグラス一杯に入ったコーラを差し出してくる。いつのまにか新しいものを入れてきていたらしい。
「あ、すみません……私、炭酸苦手で……」
そうすると巴がボソボソと紫の耳元で何かを囁いた。
くすくす、と紫が笑っているところを見ると、悪口ではないらしい。
「お二人、ってお付き合いは長いんですか?」
「うん。小学校の時からの同級生」
紫は中学の学園祭の時に演劇に興味を持ち、高校に入って演劇部に入部したそうだ。そして紫に誘われて、巴も入部したのだという。
「それじゃあ、佐原先輩は?」
「ああ、叶に乗せられたのよ。脚本書かないかって。元々小説書いてたけど、文芸部よりこっちの方がいろんな人に見てもらえると思って」
雫が部長の方を見ながら答える。
二人は中学の頃からの付き合いらしい。
「じゃあ、全部オリジナルの脚本なんですか?」
「大半はね。ただ、好きな原作を戯曲化するのも好きよ。学園祭の話はどうしようかしら」
「ま、はやく決めちまおうぜ。アタシも手伝うからさ」
「部長の叶は当然でしょ」
店を出る頃には、辺り暗くなりかかっていた。商店街の近くを通りがかった時、風に乗って、何かのメロディが聞こえてきた。
どこかで聴いたような気もするが、思い出せない。
ふと雛見の様子を伺う。目と目が合った。微笑んでほしくて、私は笑みを浮かべた。
「どうしたんだい、ご機嫌だね」
くすくす、と夕日の中で雛見が笑った。
「えっと……」
その笑顔に、私は自分から微笑んでおいて、思わずどぎまぎしてしまう。
「えっと、あ、このメロディ、アレですよね!ひな祭りの……『あかりをつけましょぼんぼりに……』って聞こえませんか?」
雛見はしばらくメロディに耳を傾けていたが、やがて
「これかい。これはね、『通りゃんせ』だよ」
と答えてくれた。
似ていたので、違いが私には分からなかったが、確かに注意深く聞けば違うような気がする。
「平拍子だから、似ているのは確かだよ」
「お恥ずかしいです……」
なんとなく顔が赤くなるのを感じた。雛見に悟られませんように、と内心私は思った。夕日のまぶしさがありがたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます