第3話 崩れた平穏

「みんなおつかれ~」


「え? ナオ? あぁ、今日は俺が遅くなるから先に帰らせた」


「いや確かに仲はいいけどさ~、それでも俺たち付き合ってないから!」


「ん? まぁ、ナオのこと好きだし、そりゃ本当は彼女にしたいよ。でもさ、アイツは俺のこと‟ただの幼馴染”としか思ってねーからなぁ」


「まっ、ゆっくり進んでいけばいいかな~。どうせ俺たちこの先もずっと一緒にいるだろうから」


「バッ……! 別にのろけてなんかねーし! じゃ、また明日な~」




—―キーコキーコキーコ……


「ナオのヤツ、ちゃんと帰ったかな……」



—―ブーッブーッブーッ……


「おっと電話だ。ん? ナオのおばちゃん? こんな時間になんだろ……」


『もしもし、健太だけど。どうしたの?』


『いや、今日はナオとは別々に帰ってる』


『……えっ!? ナオがまだ帰ってない!?』


『おばちゃん、とりあえず落ち着いて! 俺も探すから! じゃ、また後で電話する!』



—―キコキコキコ……


「アイツどこ行った!? くそっ……、やっぱ一緒に帰れば良かった!」



—―キコキコキコ……


「……!!」


――キキィーッ! ガシャン!


「おいっ、ナオ! お前、こんなとこで何やってんだよ! おばちゃん、めっちゃ心配して――」


「……健太? け、健太だぁ! うわぁーん! 良かったー!」


「ナオ! そんなに泣いてどうした!? 一体何があった!?」


「ううっ……、帰り道が……グスッ……わ、分からないの……」


「はっ!? 何言って……。とにかく話は後で聞くから、とりあえず一緒に帰ろ」



—―トゥルルル……


『あっ、おばちゃん? 健太だけど。ナオ見つけたよ。今から連れて帰る』


――ピッ



「ほらっ、手出せ。帰るぞ」


「うん……」


「……」


「……久しぶりに手つないだね……」


「ふんっ、また迷子になったら困るからな……」


「……ありがとう」



――カラカラ……


「あ、あのさ……、片手じゃ自転車押しにくいでしょ? 手、放してもいいよ?」


「いや、これでいい」


「そ、そっか……」


「なぁナオ。お前、俺とかおばちゃんたちに隠してることがあるだろ?」


「ヤダな~、隠し事なんてないよ~!」


「いや、俺に隠し事しても無駄だぞ?」



「……ハハ。やっぱり健太にはバレちゃうか……」


「実は……、実はね、昨日から急に色々なことを思い出せなくなってきたの……。好きな芸人さんの名前、友達の名前、あと、か、帰り道まで……」


「なんだよそれ……。お前、おばちゃんに話して病院に行け」


「健太、お願い。ママたちにはこのこと黙っててくれない?」


「は? なんで……」


「ほんとに疲れてるだけかもしれないし、余計な心配かけたくないの。ね? お願い!」


「……わかった。でも、いよいよの時になったら俺はおばちゃんに言うからな!」


「うん。ありがと……」



◇ ◇


 しかし、ナオの物忘れはこの日を境に段々とひどくなっていく。その進行スピードはとても速く、俺たちの平穏な日常は瞬く間に崩れ去っていった。

 俺とナオはこれから先もずっと一緒だと信じていたのに……。

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