第5話 現実からの逃亡
—―ガラガラ……
――ピコーン、ピコーン
「おっす。来てやったぞ!」
「健太……」
「ナオ、どうした? 顔色があんま良くないぞ?」
「ううん、何でもない。そんなことより健太にお願いがあるんだ」
「お願い? どんなだ?」
「私ね、今日ここから逃げ出すことにした」
「はっ!? お前、急に何言って……」
「ママにメモを残しておくから、健太から渡してくれないかな?」
「いや、待て待て! 何でそんなこと――」
「あのね、私、思い出がほしい……。全てを……あなたを忘れてしまう前に……」
「えっ……」
「思い出作ったらちゃんと戻って来るから!」
「いや、でも……」
「ねっ、お願い!」
「…………わかった」
「良かった~。健太、ありがとう」
「でもお前を一人にさせられない。俺も一緒に行くよ」
「えっ!? そんなのダメだよ! 健太に迷惑はかけれない!」
「迷惑なんて思わない。二人で思い出作ろう」
「……健太」
「ちょっと準備してくる。俺が戻るまで待っとけよ」
――ガラガラ……、バタン
「……ナオが俺のことを忘れる? くそっ、そんなバカなことあってたまるか!」
◇
――ガラッ
「よしっ、今がチャンスだ。いいか?」
「ねぇ、これ健太の服でしょ? サイズ合ってる? バレないかな?」
「なんだよ。急に不安になってきたのか? 今ならまだ戻れるぞ?」
「ううん、行くよ!」
「病院出るまでは俺が先歩くから、ナオは後ろを付いてこい」
「わかった」
――コツコツ……
「よしっ、あと少しで玄関だ……」
――コツ
「ヤバッ、ナオ担当の看護師が来た!」
「――はいっ、今から帰ります」
「え? ナオの様子ですか?」
「ナオなら俺が帰る時、『ちょっと休みたい』と言ってたから今は寝てるんじゃないかな。しばらく起こさないでやってください。じゃ、俺はこれで」
――コツコツ……
――ウィーン……
「よしっ、脱出成功!」
「はぁ、緊張したー! 途中もうダメかと思ったよー!」
「俺も! 看護師が目の前に来た時はさすがにヤバいって思ったわ~!」
「健太、なかなかの名演技だったよ!」
「だろ~? で、今からどこに行くんだ?」
「え? あっ、何も考えてなかった……」
「はぁ!? お前、まさか無計画だったのか!?」
「てへっ……、ご、ごめ〜ん!」
「マジかよ~。じゃあさ、とりあえず隣町の海にでも行くか」
「うん! 健太と一緒ならどこでもいい!」
◇
――キーコキーコキーコ……
「わ~! 海だ~!」
「おいっ、暴れるな! 落ちるぞ!」
――ザザ~ン……
「ねぇねぇ、足だけでも入っていい?」
「おうっ、入れ入れ~」
――ザバザバ……
「ん~! 気持ちいい~! ほら、健太もおいでよ~!」
「はぁ? 俺もかよ……」
「早く来ないと水かけちゃうよ~?」
「仕方ねーなー! よしっ、濡れるの覚悟しろ!」
「キャー!」
◇ ◇
俺たちは現実から目を背け、二人きりの時間を楽しんだ。
しかし着実にタイムリミットは近づいていて、まもなく俺からナオを奪っていく……。
ナオ、俺のお前を想う気持ちだけはどうか忘れないでくれ……。
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