第5話 現実からの逃亡

—―ガラガラ……


――ピコーン、ピコーン



「おっす。来てやったぞ!」


「健太……」

 

「ナオ、どうした? 顔色があんま良くないぞ?」


「ううん、何でもない。そんなことより健太にお願いがあるんだ」


「お願い? どんなだ?」


「私ね、今日ここから逃げ出すことにした」


「はっ!? お前、急に何言って……」


「ママにメモを残しておくから、健太から渡してくれないかな?」


「いや、待て待て! 何でそんなこと――」


「あのね、私、思い出がほしい……。全てを……あなたを忘れてしまう前に……」


「えっ……」


「思い出作ったらちゃんと戻って来るから!」


「いや、でも……」


「ねっ、お願い!」


「…………わかった」


「良かった~。健太、ありがとう」


「でもお前を一人にさせられない。俺も一緒に行くよ」


「えっ!? そんなのダメだよ! 健太に迷惑はかけれない!」


「迷惑なんて思わない。二人で思い出作ろう」


「……健太」


「ちょっと準備してくる。俺が戻るまで待っとけよ」



――ガラガラ……、バタン


「……ナオが俺のことを忘れる? くそっ、そんなバカなことあってたまるか!」




――ガラッ


「よしっ、今がチャンスだ。いいか?」


「ねぇ、これ健太の服でしょ? サイズ合ってる? バレないかな?」


「なんだよ。急に不安になってきたのか? 今ならまだ戻れるぞ?」


「ううん、行くよ!」


「病院出るまでは俺が先歩くから、ナオは後ろを付いてこい」


「わかった」



――コツコツ……


「よしっ、あと少しで玄関だ……」


――コツ


「ヤバッ、ナオ担当の看護師が来た!」



「――はいっ、今から帰ります」


「え? ナオの様子ですか?」


「ナオなら俺が帰る時、『ちょっと休みたい』と言ってたから今は寝てるんじゃないかな。しばらく起こさないでやってください。じゃ、俺はこれで」



――コツコツ……


――ウィーン……


「よしっ、脱出成功!」


「はぁ、緊張したー! 途中もうダメかと思ったよー!」


「俺も! 看護師が目の前に来た時はさすがにヤバいって思ったわ~!」


「健太、なかなかの名演技だったよ!」


「だろ~? で、今からどこに行くんだ?」


「え? あっ、何も考えてなかった……」


「はぁ!? お前、まさか無計画だったのか!?」


「てへっ……、ご、ごめ〜ん!」


「マジかよ~。じゃあさ、とりあえず隣町の海にでも行くか」


「うん! 健太と一緒ならどこでもいい!」




――キーコキーコキーコ……


「わ~! 海だ~!」


「おいっ、暴れるな! 落ちるぞ!」



――ザザ~ン……


「ねぇねぇ、足だけでも入っていい?」


「おうっ、入れ入れ~」



――ザバザバ……


「ん~! 気持ちいい~! ほら、健太もおいでよ~!」


「はぁ? 俺もかよ……」


「早く来ないと水かけちゃうよ~?」


「仕方ねーなー! よしっ、濡れるの覚悟しろ!」


「キャー!」



◇ ◇


 俺たちは現実から目を背け、二人きりの時間を楽しんだ。

 しかし着実にタイムリミットは近づいていて、まもなく俺からナオを奪っていく……。

 ナオ、俺のお前を想う気持ちだけはどうか忘れないでくれ……。

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