第4話 魔王様の治療

 ……気が付くと、昨日と同じ魔王フォクスロリアの寝室だった。


 あのあと、気を失ったのか。

 そう思っていると、昨日よりもすこし自由が戻ってきたのか口元が端だけだが動くことに気づく。

 けれど、これはバレてはいけない。ばれた時点で魔王に殺されてしまうかも知れないのだから。

 そうならないように気をつけようと思っていると――ガチャリ、と昨日とおなじように扉が開く音が聞こえた。

 目をそっちに向けると、魔王フォクスロリアが部屋のなかに入ってきた。

 その手には容器が握られており、そこから濃い草の香りが漂う。


 今日の彼女は昨日のように黒い下着姿ではなく、ドレス姿のままであることに少なからず安堵する。

 ゆっくりとベッドの脇に近づくと、容器をサイドテーブルに置き……腰を下ろす。

 そして、頬へと魔王が手を伸ばし……優しく撫でる。


「こんなに傷つけてしまったのぉ……。…………」


 ぽつりと呟き、魔王の手が震えたのが感じられた。

 そして、昨日と同じようにドロンと煙に包まれ、ロリっ子へと姿が変わった。

 瞬間、凛々しさや美しさなんて一切棄てて、可愛らしい顔をくしゃと歪ませ……抱き着いた。


「う――うわぁ~~んっ! すまぬぅ、本当にすまぬのじゃあ~~。勇者、すまぬ。勇者ぁぁぁ~~!

 痛かったじゃろう? わしも頑張って加減はしたのじゃが、やはり鞭を振るう度に胸がずきずきと痛かったのじゃ~~! じゃから、お主の傷が無くなるように、わし自らが手当てをするのじゃ!」


 言うとフォクスロリアはサイドテーブルに置いた容器を手に取り、狐の尻尾を彷彿させるような筆を中に入れる。

 筆を取りだすと、ツンとした草の香りが強くなった。


「これは、わしのかか様が教えてくれた秘伝の傷薬じゃ。それをこれで塗りたくれば傷など簡単に治る。

 ……少し染みるじゃろうが、意識がないうちに治療してみせるのじゃ!」


 そう言うと、筆を手に傷ついた胸元に近づける。にゅると冷たく粘っこい感触が届き……そこからゆっくりと先端を這わすように下から上、上から下へと動かして薬を塗っていく。

 ピリッと沁みたけれど、徐々に痛みは薄れ……そこはかとない気持ち良さが感じられる。

 けれども、その手は突如止まった。


「……むぅ、ちょっとやりづらいのじゃ。――そうじゃ! 手で塗りたくれば良い。それが良いのじゃ!!」


 良いことを思いついた。

 そんな年相応の笑顔を見せながら、フォクスロリアは股のうえに跨って容器から薬を手に落とす。

 ドロリとした緑色の液体。それがフォクスロリアの手に纏わり、両手で伸ばすとゆっくりと動かしはじめた。


「ん、しょ。うん、しょ……。勇者、ごめんのぉ。痛かったじゃろぉ?

 次はこんなひどい拷問は止めるのじゃ。けど、極悪非道なものにしないと配下に示しがつかぬ……。

 うぅ、どうすればよいのじゃあ……」


 うんうんと悩みながら、フォクスロリアのぷにぷにと柔らかな指が体を撫でまわす。

 大人びたあの魔王の顔とは違った一面、それに戸惑いを感じると同時に……庇護欲がどこか芽生えそうになってしまうが、必死に否定しようとする。


 この感情はいったい、なんだ?


「そういえば背中もじゃが、こ、こっちも……塗るべき、じゃろうか……ごくり」


 頬を染めつつ、自身が跨っている一点を見ながら、フォクスロリアは呟いた。


 ……どうなったかは言えない。

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