『なろう』

 俺は『溜口ためぐち 大語だいご』小説家だ。


 ……ごめん、ウソ。 実は小説家の『ヒモ』だ。


 ……ごめんごめん、これもウソ。 先日、金蔓かねづるだった女に愛想を尽かされて『ヒモ』を解雇され、今は絶賛『無職』だ。


 ……子供の頃から小説家に憧れ、大学を卒業してからも、ず〜〜〜〜〜〜っと小説を書き続けてきた。


 しかし、何回応募しても、どこに送っても、入選どころかナシのつぶてだった。


 出版社への応募を諦め、小説投稿サイトで執筆を始めたが、鳴かず飛ばず……ずっと見守ってくれていた幼馴染の元カノにも、ついには見放された。


 ……あの女、出て行く時に、一銭も残さず出て行っちゃった(プンプン

 

 普通なら死んじゃうよ!?


 ……まあ、こんな事もあろうかと非常食をたらふく買い込んでおいたので、暫くは生きていけるだろう。


『飛ばねぇ豚はただの豚』ってセリフがあるが、書かねぇ小説家はただのヒト……即ち『勤労義務違反者ニート』だ。


『判っているなら働けニート』……と言われるかも知れないが、働いたら『負け』なんだ。 元カノあいつを見返すには、売れっ子小説家になる他に選択肢は無い。


 ……だが、焦れば焦るほど読者数は減り、モチベーションも上らず……


 ついには、なーんもする気が失せ、ひたすら自堕落な生活を送るようになった。



 ……そんなある日、部屋の隅に小さい緑色の葉っぱ? を見付けた。


 元カノあいつが大事にしてた多肉植物『月の王子』の『葉』だった。 あいつがそそくさと荷物を持ち出す時に、どこかにぶつけて取れちゃったんだろう。


『月の王子』に関しては、以前、どこかのサイトで『コド』? だか『コンード』? だかっていうシロウト作家が、この植物を主軸にした連作短編を書いてたのを読んだ事がある。


『月の王子』は放置してるだけでも根っこが生えてきて、どんどん成長し、そのうち元に戻るらしい。


 ……そんなに簡単に育つなら、一丁、俺の『小説家人生』をこいつにかけてみるか……


 上手く育てば、俺は小説家になれる……ってね(笑)


 育たなかった時は……いや、簡単に育つらしいから、育たない事は、考えないでおこう。


 俺は小瓶に土を入れ『月の王子』をそこに挿し、少し水をかけて根が生えるのを待ち、また小説投稿を始めた。


 ……ところが数日後……


 根っこどころじゃない! 『月の王子』は変色して、皺くちゃになってる!


 なんだよ! 育てるの簡単じゃぇじゃん! 『コン』め、ウソ書きやがって(プンプン


『絶対に上手く育つ』と確信していた分、落ち込みが大きく、今まで抑え込んでいた『恐怖』や『葛藤』が心の奥から噴出してきた。


 ……非常食のカップ麺も、とっくに底をついている……


 これって、ヤバくない……?


「……もう……間に合わないのかな……月の王子これも……も……」


 


 ……あれ?……目が霞んで来た……


 ……!


 ……典子 ……俺を捨てた元カノの典子が……ぼんやりと……見える……!


 ……こ、これ……パ、パノラマ現象……?


 ……俺……死ぬの!?


 ……や、やばい! き……救急車……


 ……ダ……ダメだ……腹が減って、指さえ動かせない……


 ……今は……とにかく眠い……




 ……あっ! 俺の人生の最期に出会った『月の王子』には……可哀想な事しちゃったな……


 ……今度生まれ変わるなら……典子の元で……幸せに……。

 


 ……

 …………

 ……………………


 ……!


 目が覚めると、俺はベッドの上にいた!


 ……病院!?


 すると突然、俺の上に何かがおおかぶさった!


「バカ! バカバカバカ〜〜ッ!」


 ……この声は


 ……典子だ!


 俺の小説が更新されなくなったので、心配になって戻ってくれたそうだ。


「ごめん! ごめんごめんごめん〜〜っ!」


 ……と、俺は心の底から謝った。


 ……数日後、餓死の危機を脱した俺は、床頭台に、枯れた筈の『月の王子』の葉が、濃い緑色に戻っているのに気が付いた。


『の、典子! これ、どうしたの??』



 典子は……


 「……月の王子は、ただ土に植え替えただけじゃ根が生えない事もあるの。 そんな時は『水挿し』……根が生えるまで、お水に浸しておくのよ」……と、笑顔で教えてくれた。



 ……この『月の王子』は『土』では生きられなかった。 そして『水』で一命を取り留め、今は、雄々しく成長し始めた!


 ……典子に救われた俺も、これからの人生、生まれ変わったつもりで再出発する事に決めた。


 そして……


 ……俺は猛勉強して『看護師』になった。


 第二の人生は、瀕死の『月の王子』を救った『水』のように、誰かの命を救う職業に就きたかったからだ。


 ……家で待つ典子と『月の王子』の為にも……ね。


PS.その後、俺が投稿している『転生した男性看護師の日々』は、好評を博している


 ……小説は俺にとって最高のとして楽しんでいる。

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