イブ

 私はしみじみ思う。 ……良い時代に生まれたなあ……と。


 昔は『女はクリスマスケーキ』って言われていたそうだ。 『24』なら売れるけど『25』になると売れ残りの大バーゲンセール……って事らしい。


 うん……昔の人もシャレた事を言うね。 これは一本取られたわ(笑)


 ……さて、そんな私も既に35……世間で言われている程、老いさらばえた実感は無いが、殿方とのがたの私に対する扱いが大きく変わって来たのは感じている。



 今の勤め先に入って、かれこれ6年経つ。


 転職当初はチヤホヤされていたが、時が経つに連れ、こちらがチヤホヤする立場になり、やがては机に張り付いて裏方業務に徹するようになってしまった。


 実家では親があれこれうるさいので今はマンションで独り暮らし。 彼氏も居ないので、家と会社を往復する日々だ。


 

 ……先日、帰り道の『100円均一ショップ』とやらに寄ってみた。


 100円で買える物なんて子供だまし……とバカにしていたが、最近テレビで特集されたりして評判が良いので気になっていたんだ。


 中は賑やかで、老若男女、あらゆる世代の人たちが商品を吟味している。


 私も楽しくなって色々物色していたが、ある物が目に入った。


 ……それは『月の王子』と言う名前の観葉植物を模したイミテーションだった。


 私は以前『絶対に枯れない』と言われて買ったサボテンを枯らしてしまい、それ以来、観葉植物を手にした事は無かったが『月の王子』って名前と、絶対に枯れないであろうと言う安心感から買ってみた。



 翌日出社して、自分の机の片隅に、その王子を飾ってみた。 派手では無いが、どこか可愛らしいフォルムで、仕事中のちょっとした息抜きになるかも……と思ったからだ。


 ……殺風景な机が、少しだけ華やいだ気がした。

 

******


 ……肌寒さが身にしみる季節になった。


 もうすぐクリスマス……私にとっては、なーんの変わりも無い平常運転の日だが、若い社員たちは、どこかソワソワしているようだ。


 ……ふと『月の王子』に目をやると、こいつも私に付き合って平常運転顔(?)をしている。


 ……私に買われなければ、もっと明るい場所にいられたのかも知れない……と思ったら、ちょっと可哀想になり、この前の100円均一ショップでイミテーションスノーを買ってきて、ちょっとデコってみた。


 うん! 我ながら可愛く出来たぞ!


 私は、それだけで大満足だった。



 ……数日後……


 明日はクリスマス。 今日はクリスマスイブ! 私にとっては、残業を引き受ける為の『聖なる夜』ならぬ『なる夜』……だ。


 ……ひと息ついてコーヒーでも飲もう……と、普段、私しか飲まない銘柄のドリップバッグに手を伸ばすと、そこにとても小さなメモが貼ってあった。


 何気なく開くと、メモの主は後輩の香山かやまくんだった。


『突然申し訳ありません。 〇〇駅前のXmasツリーの下でお待ちしてます。 もしお時間があればいらして下さい』

 と小さな文字だけど誠実さが滲み出ている、香山くんらしいメモだった。


 嘘!? こんなおばさんの私に……ラブレター!?


 私は仕事を放リ出して化粧を手早く直し、駅前のツリーに早足で向かった。



 ツリーの前では香山くんが私の姿を見付けて深くお辞儀をした。


 ……私は息を切らせながら


「びっくりしちゃったんだけど、私に何か用事? 仕事の事なら社内でも良いのに……」

 と言うと、香山くんは……


「……この前先輩が、とても嬉しそうに机の植物に飾り付けしているお姿を拝見して……」

 と言って、顔を真っ赤にしたまま押し黙ってしまった。


 ……暫く、街の喧騒とクリスマスソングだけが鳴り響いたが、香山くんが意を決したらしく私の目をしっかり見詰めて


「先輩の、か、可愛らしさが忘れられずに、す、す、好きになっちゃいました! もし良かったら、お、お食事でもいかがか……と!」


 私が、生まれて初めて告白された瞬間だった。


 ……実はその時、私はすっかり舞い上がって、その後の記憶を思い出せないのだが……


 あれから十年……


 私、久美子は、3人の子供に恵まれ、とても幸せに暮らしている。


 あの『月の王子』のイミテーションは、今でも私の大切な宝物だ。

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