第8話 元ライバルとの和解

 午後の授業が終わり帰り支度をしていると結奈がやって来たので一緒に帰ることになった。

 昼休みがのことが原因だったのか無言のまま二人並んで歩いている。共通の話題と言えば今のところバスケ部絡みの事しかないのでなんとなく空気が重たい気がする。


「うぅ……蒼生くん、機嫌が悪いままなのかな?」

「えっ、なんで?」


 やっと口を開いた結奈の表情は曇っている。


「だって昼休みが終わってからずっと難しい顔をしてるよ」

「そ、そうなのか、そんなつもりは……」

「ううん、やっぱり永尾君のことが気になっているのでしょう?」


 はっきりと結奈に言われて返事が出来ずに頷くことも出来なかった。永尾耕輔ながおこうすけは中学時代の同じ地区の対戦相手で選抜チームでは仲間だったライバルだった。ポジションは違ったけど試合ではよくマッチアップしていた。

 お互いに実力を認めあっていたがチームとしては俺達には勝つことが出来なかった。でも俺が出場しなかった最後の大会だけは永尾のチームが勝ったようだ。

 意気込んでいた永尾に対して、自分の都合で出場しなっかた俺は逃げたような気がして顔を合わせたくなかった。


「……蒼生くんは重く考え過ぎで、きっと永尾君は分かってくれるはずだよ……それに蒼生くんが全部悪い訳じゃないのだからね」


 心の中を見透かしたように結奈が話す。確かに結奈の言う通りなのかもしれないがきっとそれだけではない俺と永尾の真剣勝負の決着がつかなかったからだ。


「でも永尾からすると俺と一緒にやるのは面白くないだろうな……」

「そうなの……」


 俺の返事に結奈は暗い顔をする。こればかりは実際に対戦してきた俺と永尾にしか分からない気持ちだ。永尾とは五組クラスが離れているので入学してから顔をほとんど合わしていない。


「でもそうも言ってはいられないよな……」

「私が簡単に約束させたから、こんな思いを蒼生くんにさせてしまってごめん……」


 暗い顔のまま結奈は項垂れるように頭を下げる。そんな結奈の姿を見て心の中がきゅっとなり、もう一度バスケをやろうとした時の気持ちを思い出した。


「ううん、結奈さんが謝ることじゃない。俺が変わらないといけないんだ。いつまでも引き摺っていたらいけないな!」


 自然と俺の手は結奈の頭を撫でて、励ますように声をかけていた。こんな暗い顔を結奈にさせてはいけないと自分の心に言い聞かせて、永尾との事に決着をつける決意をした。

 頭を撫でていると結奈が顔を上げて少し照れたような顔になり、やっと微笑んでくれた。


 翌日、俺は昼休みに永尾のクラスに向かった。教室を出る前に結奈が心配そうに声をかけてきたが一言だけ大丈夫だと伝えた。

 永尾のクラスに着くと、呼び出すことなく永尾が俺の存在に気が付いた。


「……どうしたんだ? 珍しいな宅見がわざわざここまで足を運んでくるとは」


 笑顔で応対する永尾に俺はちょっと驚いたが顔に出すことは出来ないので落ち着かせようと冷静になる。初めが肝心だと言葉を選んで口を開く。


「昼休みに悪いな……それに挨拶が遅くなってすまない……」

「ははは、何言ってんだよ。挨拶とか、どうせ部活が始まる時には顔を合わせるだろう!」

「えっ!?」


 永尾の言葉に思わず声をあげてしまい、永尾も驚いた顔をする。一瞬、意味が分からなかった。


「まさか宅見、中学の時の事、気にしていたのか? まぁ、確かに最後の大会に宅見がいなかったのは残念だったし、俺も悔しかったよ。勝負が出来なくてな」

「あぁ、そのことは本当にすまない……」

「でも俺以上に、宅見が悔しかっただろう。あんな形でチームを去ってしまって」

「……あぁ」

「噂には聞いていたからな、勝負の事は仕方ないさ。でも今度は俺と同じ学校になったんだ。もう気持ちは切り替えたからな、中学時代の事は忘れて新しいチームで一緒にやろうじゃないか!」

「永尾……」


 嬉しそうに笑っている永尾の顔を見て、自分自身が情けなくなっていた。あれこれと結奈に偉そうな事を言って、俺自身が一番何も変わっていなかった。


「それにこれから宅見との勝負はいくらでも出来るからな覚悟しとけよ! はははーー」

「……ありがとう。でもお手柔らかに頼むよ」


 永尾の優しさに感謝して、俺は肩の荷がスッと降りたような感覚になった。苦笑いをしていた俺は思っていたより拗れることなく終わり、それと同時にこれから始まるバスケ部の活動が楽しみになってきた。

 教室に戻ると、不安そうな顔をした結奈が待ち構えていた。


「おかえり、どうだったの?」

「うん、問題ないよ」

「ん……あれ、なんかそうみたいだね……」


 俺の顔を見て結奈は拍子抜けのような表情に変わる。昨日の深刻な雰囲気が嘘の様で、結奈はまだ信じていない様子で状況が読み込めていないみたいだ。

 あまりにあっさりと終わってしまったのが良かったのか悪かったのかよく分からない。


「ふぅ〜、とりあえずは最初の問題は解決出来そうだよ」


 大きなため息を吐いて、考え込む結奈を置いて自分の席に戻った。ちょっと遅れて結奈が側に来るとやっと状況が飲み込めた顔をしていた。


「じゃあ、これで蒼生くん復活プロジェクトの本格始動だね。えへへーー」

「はぁ? なんなんだそのヘンテコな名称は?」


 笑顔に変わった結奈は嬉しそうに俺の顔を見ている。俺は結奈の名付けた計画に不服そうに言ったが、心の中では感謝していた。

 結奈は俺のこと変えてくれようとしている。俺が結奈に変わるきっかけを作ったのではなく、結奈がきっかけを作ってくれようとしているのだ。結奈には勉強だけじゃなくて、全てにおいて助けて貰っている事になる。

 もうこれは結果として応えてあげるしかないと強く心に決めた。

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