第6話 新しいバッシュ

 二人で並んで歩いているとショーウィンドウに姿が映った。ガラスに映る結奈は嬉しそうな表情をしている。俺がガラスに映る姿を見ているのは気が付いていないみたいだ。


(ふぅー、思わず勘違いをしてしまいそうだ、あんなに楽しそうな雰囲気だと、きっと周りから見ると付き合ってるように見えるのだろうな……)


 ちょっと気が重たくなってしまった。変な気を起こさないようにしないといけないと自分に言い聞かせる。


「どうしたの?」


 結奈が覗き込むようにして俺の様子を窺ってきた。急に難しい顔をしたのだか心配するのは当たり前だ。


「ううん、なんでもない。それにしてもよかったのか? ただバッシュとか買うだけだよ」


 俺はおしゃれなお店を知っている訳ではないし、流行りのお店に詳しい訳でもない。このことは来る前に結奈に話している。それでも結奈は楽しそうにしている。


「もうー、昨日も言ったでしょう、付いて行くだけだから気にしなくていいよって!」


 ちょっと頬を膨らませて怒るような仕草をする結奈だったが、そんな仕草も今日は一段と可愛かった。正直なところまだ顔をまともに見るのは恥ずかしいのだ。誤魔化すように笑いながら分かったと何度か頷いて前を向いて歩いた。


 暫く歩くと目的のスポーツ用品店に着いた。バッシュの展示してあるコーナーに移動する。壁にいくつものバッシュが展示してあるので選び始めた。


「すごいねー、こんなに種類があるんだー、ねぇ、私も蒼生くんに似合いそうの選んでいいかな?」


 隣にぴたっと並んだ結奈が楽しそうな顔をしてバッシュを眺めている。俺が軽く頷くとさっそく結奈は近くに寄って探し始めた。俺も自分好みのものを探そうとじっくりと選びだした。

 何種類か手に取って見ていると、結奈が自信満々な顔で側に戻ってきた。手には黒色系のバッシュ持っている。


「これはどうかな? 蒼生くんに似合うと思うのだけどー」


 結奈が手にしているバッシュをじっくりと眺める。色とデザインは確かに俺の好みで間違いない、手に取ると重さや足首のホールド性も問題なさそうだ。


「おぉ、よく見つけたなぁー、いいじゃないか?」


 自分が見て選んでいたものより結奈が持ってきたものが俺にピッタリなバッシュだ。近くにいた店員さんに声をかけてサイズを伝えて持ってきてもらった。実際に履いてみるといい感じフィットして、履いた姿を鏡で眺めると何故か懐かしさを感じた。


「どうかな? 似合ってると思うよー」


 結奈は嬉しそうな笑顔でこのバッシュを薦めてくる。鏡に映る姿を見て一年前に履いていたものと雰囲気が似ているのを思い出した。結奈は知っていてこれを選んだのだろうかと、ちょっとだけ気になった。


「……うん、そうだなこれにするか!」

「えっ、ホントに……いいの私が選んだので?」


 俺の返答が予想外だったのか、結奈は驚いた表情に変わる。以前履いていたのはお気に入りのデザインだったので、今度のバッシュもきっと気に入ると思う。機能性についても問題ないし予算的にも大丈夫で、結奈の選んだバッシュはぴったりだ。


「うん、これに決めるよ!」


 結奈にそう告げると店員さんに購入することを伝えた。あとソックスやシャツも購入しないといけないがすぐに選び終える。

 その間、結奈は何故か微妙な表情をしていた。これまでの反応からすると喜ぶような気がしたので意外だった。二人の間になんとも言えない空気が流れてしまう。

 とりあえず精算を終わらせてお店の外に出た。一応これで要件は終了したがとても帰れる雰囲気ではなかった。


「……喉が渇いたし、そこのお店で何か飲もうか?」


 結奈の様子を窺うと小さく頷いてくれたが、まだ重たい空気のままだった。注文した飲み物を手に取って向かい合って席に座る。俯いてあまり表情が見えないが結奈はあきらかに元気がない状態だ。

 お互い沈黙の時間が続いて、結奈の表情が晴れる様子がない。痺れを切らした俺は口を開く。


「……どうしたの? なにか気になることがあるの?」


 こんな雰囲気に慣れていないので恐る恐る声に出すとゆっくりと結奈が顔を上げてくれた。でも結奈の表情は固いままで、俺は思わず息を飲み緊張する。


「……ううん、ごめんなさい。私が悪いの……蒼生くんは全然悪くないの……わたしが……」


 弱々しい声で結奈が答える。まるで中学時代の委員長をしていた時のような仕草だった。いつもの自信がある表情ではない。入学してまだ数日だけど、こんな様子の結奈は初めてな気がする。


「いったいなんのことだか分からないよ……」

「そ、そうだね……突然……あのね、私、はしゃぎすぎたみたいで……蒼生くんの彼女みたいなことして……ごめん……迷惑だったよね」


 困惑した俺を見て結奈が落ち込んだ顔をして話す。結奈の言いたいことはなんとなく分かったので、俺は少しだけ安心した。お互い似たようなことを考えていたみたいだ。

 でも今はまだこのまま関係でいいと思う……変に意識すると今の関係が崩れるような気がする。


「それは気にし過ぎだよ。少なくとも俺は選んでくれて嬉しかったよし、それに俺にバスケをするように言ったのは結奈さんでしょう」

「……うん」

「だから楽しみにしていて欲しいし、かっこいいとこ見せてあげるよ」

「……ありがとう」

「あぁ、約束するよ!」

「約束だね、えへへーー」


 ちょっと大胆な事を言ってしまったような気がしたが、笑顔に戻った結奈の顔を見るとほっとしたのと同時にちょっとだけ後悔した。

 やっと落ち着いて雰囲気でひと息をついていたが、結奈の一言で慌てることになった。


「う〜ん、あとは部員集めだねー、どうやって探そうかなぁ?」


 可愛く首を傾げるような素振りをして結奈がジッと見てきた。忘れていた訳ではないが、急に現実に引き戻されたようだった。結奈としてはそこまで重く考えていないみたいだ。でもこればかりは気持ちだけではどうにもならないので頭を悩ませる。


「そ、そうだなぁ……どうすればいいのか……」


 曖昧な返事をするのがやっとで何もいい案が思い浮かばずに天を仰ぐような仕草をしていた。

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