第5話 待ち合わせ

 その日の放課後、結奈と二人でこっそりと体育館にバスケ部の練習を見に行った。一年生の正式な入部は来週からになっている。その前に一度様子を見に行こうという話になった。


「う〜ん、想像どおりというかなんて言うか……」


 部員が少ないと言うことは耳にしていたが、ここまで活気がないとは思わなかった。目の前に五人しかいないので、練習しているハーフコートが広く見える。


「う、うん……ま、まあ一応、バスケ部として活動しているみたいだね……」


 俺にバスケ部に入部してと言った手前、結奈は言葉に詰まり気味で若干焦っているようだ。きっと結奈が想像していた雰囲気と違っていたのだろう。


「えっと……結奈さん、そんなに心配しなくても約束はちゃんと守るから……でも同級生の部員を集めないといけないな……」


 ひとまず結奈を安心させようとしたが、状況的にこのままでは厳しいと感じていた。この状態では大会どころか試合もままならないはずだ。


「……うん、そうだね。私も蒼生くんに約束をさせた責任があるから部員集めはもちろん協力するよ」


 落ち込んだ顔をしていた結奈がやっと笑顔になる。一人で部員を探すより結奈に協力してもらえればなんとか光が見えてくる気がした。きっと一人か二人ぐらいは入部希望がいるに違いない。

 隣のコートはバスケ部の女子が練習をしていたが、男子と違い声が出ていて活気があってそこそこのレベルのようだった。仮に入部しても暫くは肩身の狭い状況だろうなと予想がついた。

 とにかく結果さえ出せば上手くいくはずだから、先ずは試合が出来るメンバーをひとりでも多く集めることが課題だろう。


「……そろそろ帰ろうか」


 これ以上練習風景を見ていても仕方がないので下校することにした。昨日と同じように結奈と一緒に帰っている。


「明日、新しいバッシュを買いに行くよ。もう一年近く履いていないし、元々買い替えようと思っていたからね」


 明日は土曜日で学校が休みだ。バッシュや練習で着るシャツなどは持っているがもう長い間使っていない。それに気分を一新して始めるのだからこの際新しく買い替えることにした。


「そ、そうなの……じゃあ、私も一緒に行っていいかな?」


 結奈は遠慮気味な声を出す。俺は約束どおりバスケ部に入るという意志を見せようとして言ったので、結奈が一緒に行くと言ったのには少し驚いた。


「でも、バッシュとか見るだけだからつまらないかもしれないよ。それでもいいの?」

「う、うん!」


 不安そうな表情がパッと笑顔に変わり軽い足取りになる。俺も一人で行くよりはいいのかなと思い了承した。とりあえず明日の待ち合わせ場所と時間を決めて結奈と別れた。


 翌日、春の心地良い天気で外に出るには絶好の日和だった。服装も冬の重たい装いから軽やかな雰囲気のものになる。待ち合わせ場所にしていた駅前にバスで移動する。

 約束した時間にはまだ余裕があった。以前、一度だけ結奈と一緒に待ち合わせをしたことがあった。高校受験の前にどうしても不安なところがあったので俺が頼んで図書館で一緒に勉強をした時だった。

 あの時も律儀な委員長の結奈だったので俺よりも先に来て待っていた。だから今日もきっと先に来て待っているに違いないので気持ち早めに家を出たのだ。

 待ち合わせした場所に近づいたが、結奈らしき人物はいなかったので一安心する。さすがに早すぎたかとぼーっと街並みや人の流れをしばらく眺めていた。


「ご、ごめんねーー、ちょっと準備に手間取ってしまったの」


 眺めていた方向とは違う向きから結奈の声が聞こえたので、ゆっくりと何も意識することなく振り向いた。


「あぁ、いや、俺もーー!?」


 振り向きながら返事をしたが、言葉に詰まってしまう。完全に油断していた。目の前にはめちゃくちゃ可愛い子がいる。前回、一緒に勉強をした時のイメージでいたので固まってしまった。


「ん……どうしたの?」


 可愛く首を傾げて結奈は俺をじっと見ている。いつもの制服姿とは違い、可愛いらしい清楚な感じで誰が見ても美少女と言って間違いない。可愛いだけでなく、俺の好みにどストライクで、体全体に緊張が走っている。


「えっと……あっ、あの、うっ、うぅ……」


 思考が固まったまま次の言葉が出てこなくて、目も合わせる事が出来ない。俺の様子に結奈は不安そうになり、次第に顔色が曇ってきた。


「……もしかして似合っていなかった?」


 結奈は声のトーンが低くなって落ち込みそう表情になっている。さすがにこのままではいけないと慌てて声をかける。


「いいや、そんなことはない……すごくかわいいよ!」


 気の利いた言葉が出てこなくて何て言えばいいのか分からない。素直な感想を伝えると落ち込みそうだった結奈の表情がみるみる変わって真っ赤な顔になった。慌てて咄嗟に出た言葉だったので結奈の反応を見て俺もだんだんと恥ずかしくなってきた。


「あ、ありがとう。嬉しいよ……」


 結奈は赤くなった顔を隠すように俯いてしまったが、消え去りそうな小さな声が聞こえてきた。お互い俯いたままもじもじしている状態が続いて、このままだと周囲から視線を浴びてしまう。

 バッシュを買いに行くだけでそれ以外何もないにだと頭の中を強引に整理をする。変に意識し過ぎだと自分に言い聞かせた。

 多少、落ち着いてきてやっと結奈をちゃんと見ることが出来るようになってきた。いつまでもここで立ち止まっていては予定が進まない。


「そ、そろそろ、い、行くよ……」

「う、うん、そ、そうね……」


 結奈も同じように落ち着いたみたいでやっといつもの表情に戻ってきた。ほっとしたところでゆっくり俺が歩き出すと結奈も隣に並んで歩き始めた。

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