第4話 約束と決意

 二人の間に沈黙が続いていた。結奈はじっと見つめていて、しっかりとした意思のある表情だ。適当な事を言ってその場を逃れられそうにない。結奈がゆっくりと沈黙を破るように口を開く。


「気分を悪くしたらごめんなさい、でもこれが一番のお願いなの……」

「……うん」

「蒼生くんがどうして部活を辞めたのか教えてくれたし、その気持ちはよく分かる」

「……じゃあ、なんで?」


 語気が強くなりそうになるが、気持ちを抑える。結奈には受験勉強を始める時にこの話はしていた。だからこれまで気をつかってくれていたのか、バスケの話題にはほとんど触れることはなかった。

 そもそも俺がこの学校に進学したのはこの事が一番の原因なのだ。バスケの強豪校からの推薦を断る為に進学校であるこの学校に入学する必要があった。だから俺は結奈にお願いをして勉強を教えてもらっていたのが始まりになる。


「高校に入って、周りの環境は大きく変わったと思うの、だからあの時のような気持ちになる事はないのじゃないかな……」

「そうかもしれない、でも……」


 言葉を選びながら結奈は説得しようとしいている。確かに結奈の言う通りなのかもしれないが、うんとは返事が出来ないのだ。どう説明していいのか分からず、結奈な視線を背けるように俯いた。

 俺の様子を見て結奈は少し落胆したような空気になり、お互い黙ったまま時間が過ぎる。


「そうね、無理強いはダメね……そんな簡単なことじゃないわね……」

「……うん」


 顔を上げると声のトーンが下がり結奈は落ち込んだ様な顔をしている。結奈にあんな顔をさせてしまった事を反省したが、こればかりはどうにも気持ちが切り替えれないのだ。


 なんとなく気まずい空気のまま二人で歩いていて、昨日の下校時とは全然違う雰囲気だ。結奈は歩きながら何度かチラッと俺の様子を窺っている。

 あきらめた感じの言い方だった結奈だが、その思いは本気に違いない。まだ何かを伝えたそうな感じだった。

 別れ際に結奈は優しく微笑みもう一度気持ちを伝えようとする。


「あのね、まだ数日しか経っていないけど、私は変われて良かったと思ってるよ! 蒼生くんとも距離を縮めることが出来たし、見える景色も変わってきたような気がする」

「……うん」

「それに蒼生くん……バスケは好きでしょう! この前だって楽しそうに公園で練習してたじゃない」

「えっ!? な、なんで知っているの?」


 突然の結奈の言葉に慌ててしまう。人がいない時間帯をねらって公園で体を動かそうとしたが、バスケの出来る公園は結奈の家の近くにしかなかった。早い時間だったので、まさか見られていたとは予想だにしなかった。

 でも結奈の言うとおりで嫌いになった訳ではない、やはり体が自然に動いてしまうのだ。


「ふふふ、練習と言ってもやっぱり格好良くて……また試合をしている姿を見たと思ったの」


 結奈の言葉に今度は照れてしまう。目の前で可愛い子に格好良いとか言われるとやはり恥ずかしいので視線が泳いでしまった。


「ねぇ、お願い……もう一度、蒼生くんが活躍する姿を見たい! 私も協力するから……中学の時よりもっといっぱい応援がしたいの!」


 結奈は俺の手を取り、ギュッと握って手を合わせるようにお願いをする。結奈の柔らかい手でにぎられるとますます照れてしまう。たぶん顔が赤くなっているだろう。結奈の瞳は本気で変わらない、ここまで言われると気持ちが揺らいできた。


「ゆ、結奈さんの気持ちは分かったよ……も、もうちょっとだけ考えさせてくれ……」


 ここで返事をしてもよかったが、きちんと自分の気持ちを整理させたかった。結奈も俺の気持ちを察したのか何も言わずに微笑みながら小さく頷いてくれた。


 帰宅してベッドに寝転がり、一年前の事を思い出す。本意ではなかったが、一年前にこのまま続けているとバスケが嫌いになってしまう。練習だって人一倍やってきたが、気持ちが切れてしまい辞めてしまった。理由はひとつだけではなかったが、辞めることになった大きな原因はチーム全体の人間関係だった。

 高校に入学して結奈の言うとおり環境は大きく変わった。もう一度チャンスがあるなら挑戦したい……それに勇気を出して変わった結奈の気持ちに応えて、試合をする姿を見せてあげよう……完全に吹っ切れた訳ではないが結奈の希望を叶えようと気持ちを切り替えた。


 翌日の昼休みに結奈が一緒にお弁当を食べようと俺の席までやって来た。もともと一人で食べるつもりだったので断る理由もない……それに昨日のことを伝えないといけないのでちょうど良かった。


「……あ、蒼生くん、ほ、本当にいいの?」


 結奈の希望どおりバスケに入部することを伝えると驚いた表情と同時に満開の笑顔になる。意外と声が大きかったので、周囲が何事かといった顔をしていたが、結奈は全く気にする様子はなくただ嬉しさを噛みしめるようだった。


「そ、そんなに期待されるとちょっと照れるよ」

「ふふふ、もうめちゃくちゃ期待してるからね!」


 結奈の予想以上の表情に少し驚いたが、嬉しそうに笑う姿を見て望みを叶えてあげようと強く心に決めた。でもひとつだけ不安があった。


「それで、この学校にバスケ部はあるのか?」


 間抜けな質問に聞こえるかもしれないが、元々俺は部活に入る気がなかったのでその辺りの事は詳しくないのだ。


「うん、とりあえずバスケ部はあるよ……でも部員がかなり少ないみたい……」


 笑顔だった結奈の顔が崩れると不安そうな表情に変わる。状況を知っていて俺に入部のことを言ったのか疑いそうになったが、とりあえずは部があるみたいなので一安心した。俺としては都合が良いのかもしれない……

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