モズの陰謀

 私たちは、玉座の間に到着した。カビ臭いその空間は私とカケルの不安を煽る。


「なんと、自分から戻ってくるとは」

 声のするほうを見上げると、なんとそこには大臣のモズがいた。


「モズ、あなたなんでそこに」

 私は怒りを込めた声で言う。


「リーナ王女、おまえはあの時からずっと行方不明だった。地上に使いを送ったが、一向に見つからなかった。なぜだ、どこに隠れていた」

 モズは笑みを浮かべ私に問いかけた。


「知らないわそんなこと。母と父はどこにいるの」

 私は怒りを抑えられなかった。


「おまえの母と父だと…とっくの昔に、私の手で処刑しておるわ。寝言を言っているのか」


 一瞬心臓が止まりかけた。お母さんとお父さんが処刑されたのは、きっと私を助けてくれたあの時だ。


 苦しい、呼吸が荒くなり息の仕方を忘れてしまった。頭が熱くなり倒れそうになる。


 ハァ…ハァ…ハァ…


「さゆり」

 カケルが私の手を握ってくれた。


「さゆり、ゆっくり呼吸をしろ。俺がいるから」


 カケルの言葉に少しずつ呼吸が元に戻る。


「おまえもすぐに殺してやる」

 モズの声を聞き、黒装束が玉座の後ろから飛び出してきた。


「カケル」

 私がカケルに声をかけた時には、黒装束はもう目の前まできていた。


 私たちは首をつかまれ、身動きが取れなくなってしまう。


「そのまま首を折ってもよい。だが、一つ聞きたいことがある。おまえ、石をもっているな」

 モズは私に真剣な顔で言ったが、私はモズを睨みつけるだけだった。


「なんだ、その目は」

 モズの言葉と同時に、私たちの首はさらに締め上げられる。


「母親と同じような目をしやがって、忌々しい王族めが」

 苦痛に顔を歪めるが、モズの質問には答えなかった。


「もうよい。この城に来れたということは、どこかに石を隠し持っているはずだ。殺してからでも探せばよいだろう、やってしまえ」

 モズが黒装束に指示をだし、黒装束の力がだんだんと強まる。


 必死に抵抗をしていたカケルの表情も歪んできた。このままなにもできずに死んでしまうのだと意識が朦朧とした時、私の首をキツく締める黒装束の手にどこか躊躇いを感じたのだ。


「やめろ」

 玉座の間の入口から声がする。


 私はそちらに目を向けた。なんと声のするほうから現れたのはたくさんの使用人達だったのだ。


「リーナ王女に手を出すな」

 使用人達は「オォォォォ」と雄叫びをあげ、こちらに走ってきた。


 使用人の一人が黒装束に掴みかかると、次々と黒装束の上にのしかかり、黒装束は身動きが取れなくなった。あっという間の出来事でモズもあっけにとられる。


「おまえたち、私に逆らうのか」

 モズは使用人達に睨みをきかせた。


「おまえは私達の王でもなんでもない。私達の王はここにいる、リーナ女王だ」

 使用人達の団結した声は、玉座の間を震え立たせた。


「モズを捕らえろ」

 使用人たちのゲキが木霊した。


 モズは縮み上がった様子で玉座から転げ落ちたが、大勢の使用人達から逃れられるはずもなかった。


 捕まったモズは腕を縛られ拘束されたのだ。


「リーナ女王、ご無事でなによりでございます」

 先程、助け出した使用人だった。


「あなた、名はなんというの」

 私は感謝を伝えるために使用人に名前を聞いた。


「私の名は、サリエルでございます」


「サリエル、ありがとう。あなたのおかげで命が救われました」


「いえ、リーナ女王。モズは一度牢屋に連れていきますがよろしいでしょうか」

 私はモズを睨みつけサリエルに頷いた。


「さゆり、よかった。俺たち生きてる」

 カケルは喜んでいた。


「カケル。気になることがあるの」

 私は俯いたままで、黒装束の躊躇した瞬間についての話をカケルに聞かせた。


「黒装束がおまえの母親かもしれないだって…」


「そう。悲しい目をしていた」

 私は黒装束がお母さんだという気がしてならなかった。


「サリエル、黒装束達も牢屋に」


「はい。かしこまりました」


 サリエルと使用人達が、黒装束を牢屋に連れて行こうとした時だった。一人の黒装束が使用人達を振りほどき、私のほうへと飛んできた。


 とっさに身構えたその時、私の体は軽くなり優しいなにかに包まれた感覚がした。

 

『リーナ、立派になったわね。必ず会えると信じていたわ。あなたには王族として知る権利がある。生きているうちに伝えなければいけなかったことを全て伝える。

 私たち、天空の城で生まれた者は輪廻転生を繰り返す運命を辿ることになる。そして、それをものすごく奇妙な形で経験することになるの。


 それはね、自分で自分自身を生み育てるということ。つまり、あなたは私。

 混乱するだろうけどそういう運命なの。あなたも一度自分を生んだはず。天空の城から地上に降り立った時には、時間が早く過ぎてしまうから。


 ただ、その運命から逃れられる方法が一つだけあるの。それはね、黒装束になること。

 命を他人の力で絶たれてしまった場合、天空の城で生まれた者は黒装束となってしまう。黒装束になったものは苦しみに耐えられる限界を超え、自我を失うまで苦しみ続け、やがて消滅する。

 あなたは私だけれど私が消滅する今、今後あなたの生む子はこの奇妙な運命を辿ることはなくなる。


 そう言い伝えられているわ。あなただった者は、今のあなたに戻っているはず。このまま地上に戻りなさい。使用人達もそろそろ光となって消滅する頃でしょう。


 天空の城は、あなたが地上に降りた時から崩れてきていた。私が完全に消滅し、あなたが地上に戻ることで、天空の城自体もこの世から消え去るでしょう。呪われた運命を変えられるのは私たちよ。リーナ、愛しているわ』

  

 私が目を開けると、黒装束の青白い顔からは一粒の涙が落ち静かに消滅した。


「ママ…」

 私は大粒の涙を流した。


「さゆり、大丈夫か」

 カケルは私を抱きしめてくれた。


「リーナ女王、お母様とは女王のことですか」


「はい」

 涙を拭いてサリエルに返事をする。


 すると、サリエルと使用人達は安堵した表情を見せた。


「長い戦いがやっと終わるのだな。短い間でしたが、リーナ女王に仕えることが出来て光栄でした。私達は先に光となってあなた様方一族をお待ちしています」


「サリエル、みんなありがとう」

 サリエルと使用人達は安らかな表情で光となり、床に輪を作った。


 床にはいつか見た空へと続く穴が出来たのだ。


「カケル、行こう」

 私はカケルと手を繋ぎ、空へと降りるのだった。

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