捜索

 どのくらいの時間が経っただろう、私はゆっくりと目を開ける。まるで長い夢を見た後のような気分で、私の中に母と父の記憶も入ってきた。


「私の名前はさゆりじゃなかった。私はリーナ」

 過去の記憶が戻り、私は私を取り戻した。

 

 もしかしたら、カケルとさゆりお姉さんはあの牢にいるのかもしれない。まだ黒装束がいる可能性もある。


 私は、手紙を大切にポケットにしまい部屋から出た。記憶を頼りに牢へと続く階段まで向かう。慎重に、慎重に。あの時の記憶と同じように、今度は母ではなくカケルとさゆりお姉さんを探しに階段を降りる。


 冷えた空気とともに錆びた鉄の匂いがした。自分の足音が響く中私は一つ目の牢の中を確認する。


「誰かいませんか」


 中は真っ暗だが声をかけてみると、奥の暗闇から髪と髭が伸び切ったおじいさんが現れ、こちらを不思議そうな顔で見ていた。


「まさか、そんなはずはない」

 おじいさんは私に向かってそうつぶやく。


「リーナ王女」

 おじいさんの周りからどよめきが起きる。


 全員が私を知っているようだ。


「あ、あなたはあの時の」

 牢の中にいたのは記憶の中で、私に早く逃げろと伝えてくれた使用人だったのだ。


「そうです、ニーナ王女。あの日から随分年月が経ちました、ご無事でなによりでございます。けれど、なぜまたこの城に戻られたのですか」

 使用人達はざわつく。


「母と家族を探しに戻ったの。誰かここに連れてこられなかったかしら」


「そういえば、リーナ王女と同じ地上の服を着た少年が一番奥の牢へと連れて行かれるのを見ました」

 使用人は牢の奥を指さした。


「ありがとう、今すぐにあなた達を救い出すわ。この牢の鍵はどこにあるの」

 私は辺りを見渡す。


「階段横の壁にぶら下がっています。ですが、リーナ王女。私達使用人は、長い間この牢での生活を強いられているため、足腰が大変弱っております。牢から出られてもお役に立てる自信がありません」

 使用人は申し訳なさそうに私に言う。


「わかりました。では、あなたの牢の鍵は開けておきます。奥の牢にいる少年を助け出した後、私は鍵を置いていきます。私達が黒装束の注意を引いている間、他の使用人を助け出し城から脱出してください」

 私は、使用人に提案をしカケルのいる牢へと急いだ。


 途中通り過ぎる牢の中から、私の名を呼ぶ声がたくさん聞こえた。この人達はどのくらいこの中にいたのだろう。あの時助け出すと約束し、私は地上へと降りてしまった。


「今度こそは必ず…」


「さゆり」

 久しぶりに聞いたその声は確かにカケルの声だ。


「カケル」

 私は牢の鍵を開けカケルと抱き合う。


「さゆり、本当に戻ってきてくれたんだな」

 カケルはそう言うと、安堵した表情で私に問いかけた。


「おまえ、なんか大人になったか」

 カケルからの突然の言葉に、私自身を思い出した。


 一呼吸置いて私は言う。

「私、実はさゆりじゃないの。私の本当の名前はリーナ、この城の王女なの」


「どういうことだよそれ」

 カケルは目を丸くした、とても信じられないという顔だ。


「言ったとおりだよ、私は王女なの。とにかく今はお母さんとさゆりお姉さんを探したい、急ごう」

 私とカケルは階段のほうへと向かった。


「さゆりお姉さんって誰だ」


「カケルは会ったことなかったっけ、警察官の人だよ。カケルを助けに来る時一緒に石を使ったのよ。けれど、気が付いたら私だけだったの」


「島袋さんと子どもたちは一緒じゃないのか」

 カケルは、現状を必死に理解しようとしていた。


「彼らはこのことは知らないはず、さゆりお姉さんには偶然見られてしまったの。なぜかわからないけど、さゆりお姉さんのことはものすごく信頼出来るのよ」


 階段を上がりながら、会えなかったときの話をする。


「なぜか島袋さんも子どもたちも、カケルのことを忘れていたの」


「え、どうなってるんだ。ここに来たこととなにか関係があるのかな」


「わからない。けど一つ確かなのは、お母さんも同じ状況にあるということ。この城から戻れなかったときは、地上では存在していた事実がなくなってしまうということ」


「そうか、そうかもしれないな。それならみんなで絶対に戻らないとな。俺が地上に戻ったら、みんなの記憶が元通りになるかもしれない」


「そうだね、きっとそうだよ」

 私は笑顔でカケルに答えた。


 そして二人は階段を上がり廊下へ出る。


「今から玉座の間へ行く。黒装束がたくさんいる可能性がある、気をつけよう」

 私はそう言ってカケルの手を引いた。

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