寝室に朝日が差し込んだ。一番に目を覚ました私は、子どもたちの寝息を聞いた。

 あっちこっちで眠る子どもたちを見ると、なぜか安心したんだ。


 昨日は疲労からか、あの後すぐに眠ってしまったらしい。

 島袋さんが心配して、私と子どもたちと、同じ部屋で眠ってくれたみたいだ。


 私が起きたときには、島袋さんはもう起きていた。朝食の準備をしているようだ。


 洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨くとリビングに行く。

 すると島袋さんは、ローテーブルに新聞を開き、コーヒーを飲んでいた。


「おはようございます」

 私は島袋さんに挨拶した。


「おはよう。眠れたかな」

 島袋さんは私を見るとマグカップを置き、新聞を畳んだ。


「はい。ありがとうございます。島袋さん少し聞きたいことがあるんです」


「なにかな」

 島袋さんは座りなおすと、私にも座るように言った。


「カケルのこと…本当に覚えてないんですか」

 私は昨日から気になっていたことを聞いてみた。


「カケルねぇ。僕が知ってる人なんだよね」


「はい。一緒に警察署まで迎えにきてくれましたよね」


「僕とカケルという子で…」

 島袋さんは腕を組みながら俯いた。


 本当に覚えてないらしい。


 この反応を見ると、さゆりお姉さんが言うように、なにかおかしなことが起きているような気がした。


「さゆりちゃん。僕もなにか思い出したら、すぐに伝えることにするよ」

 島袋さんは申し訳なさそうに言った。

 

 その後子どもたちが順番に起きてきて、昨日と同じように食卓に朝食が並んだ。

 真美と美穂と卓郎は、朝食を食べるのが待ちきれないらしく、急いで洗面所から戻ってきた。


「それではみんな手を合わせて、いただきます」

 島袋さんが言う。


 子どもたちも「いただきます」と声を揃え、箸に手を付けた。

 みんな本当にカケルのことは忘れてしまったのだろうか。


 私は起きてから、そのことばかりが気になってしまっている。


 みんな忘れているのなら、なぜ昨日カケルが座っていた場所には誰も座っていないの。


 私は、こころにもやを残し、朝食を終わらせた。

 子どもたちも朝食が終わった順に、そそくさと食器を片しに行く。

 

 みんなが遊ぶ時間帯になり、折り紙やお絵かきをしている間、私はまた中庭に出て空を見上げた。


 雲がところどころに散らばっている。

 今日も空が広く感じた。


「あそこのどこかに、お母さんとカケルがいるんだ」


 私は空に向かって手を伸ばした。

 届くはずのない想いを込めて。


 そして私は、ポケットから石を取り出した。


 しばらくその石を見つめる。


 もう一度これを空に透かしてみたら、あのお城に行けるはず。


 さゆりお姉さんには怒られてしまうけど、すぐ目の前にカケルがいたのに、カケルは私を助けてくれたのに、救ってあげられなかった。


 このまま、なにもしないでいることはできない。


 私は石を空に掲げ、透明に空を映した。


 漠然と広い空を見つめると、太陽の光が目に入り、一度だけ瞬きをする。


 深呼吸して空を探すと、昨日と変わらないお城が、空に浮かんでいるのがしっかりと見えた。


 私の心臓が強く波打つ。

 呼吸が荒くなり涙が出そうになる。


 今にも体が浮き上がりそうな感覚と、空に呑み込まれる恐怖が入り交じり、体が小刻みに震え始めた。


 すると、あの時のように光が私を包み、体が軽くなっていくのを感じた。

 近くの木々は揺れ、私の周りに冷たい風が吹く。


「さゆりちゃん」

 声のするほうに目をやると、そこにはさゆりお姉さんがいた。


 さゆりお姉さんは私に手を伸ばしながら走ってきた。涙目で今にも転んでしまいそうだ。


「さゆりちゃん、私も一緒に行くから。一人で抱え込まないで」

 私の足は、地面から徐々に離れていく。


「さゆりお姉さん」

 私はさゆりお姉さんに手を伸ばした。


 あと少し、あと少しで、手が届く。

 すると、さゆりお姉さんの体も風圧で少し浮いてきた。


「さゆりちゃん」

 さゆりお姉さんも必死に手を伸ばす。

 

「掴んだ」

 二人の手が重なり、お互いが手を強く握る。


 その瞬間、光が強さを増して、二人の全身を包んだ。

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