天空の城

 目覚めると私とカケルは冷たい地面に頬をつけていた。


「カケル、起きて」

 私はカケルを擦った。


 体を丸め赤子のようにしているカケルは、私の声で瞼を上げた。


「ここ、どこだ」

 カケルは辺りを見る。


「分からないよ。とにかく周りを見てみよう」


 薄暗く、空気がよどんでいた。

 辺りは黒い壁に囲まれ、天井は暗くて見えない。


「出口を探そう」

 カケルは、今いる部屋を歩き始めた。


 暗い部屋、本当に出口なんてあるのだろうか。

 私も壁に手をつきながら出口を探した。


「さゆり。くぼみがあるぞ」

 カケルが壁にくぼみを見つけたようだ。


 くぼみに手をかけると扉らしきものが開いた。

 少量の光が漏れ出し、外の景色が見え始めた。


 「外...ではなさそうだな」

 カケルが残念そうに言った。


「そうみたいだね」

 扉の外は冷えていたが、まだ室内のようだ。


 広く薄暗い空間には、何本もの大きな柱が天井を支えていて、内装はまるで...。


「もしかしてここは、お城の中なんじゃ…」

 私は天井を見上げ、冷や汗を垂らす。


「さゆり、おまえなんか変わったか」

 カケルは、突然私にそう言った。


「なによいきなり」

 どういう意味だろうと思い、私はカケルの目を見ながら首を傾げた。


 次に自分の両の手を見たが、特に変わった様子はない。

 だが、カケルの目はいびつなものを見るかのような色をして、私の顔を覗いている。


「さゆり、足音だ」

 私を見ていたカケルの目の色が戻り、俊敏に振り向いた。


 私とカケルは足音のする方へと目をやる。

 すると、奥のほうから黒いフードを被った、人らしきものが歩いてきた。


 よく見ると黒装束を身に纏っている。


 念の為、柱の裏に身を隠す二人。

 黒装束はペタペタと音を立て、こちらに近づいてきている。


 顔はフードに隠れ真っ黒だが、黒装束の吐いた息は冷えた空気のせいで、白いもやのようになっていた。


 バレたらまずい。

 そんな気がした。


 黒装束は私たちの隠れている柱の前まで歩いてきた。息を潜め、気付かれないよう祈り、目を瞑る。


 「ア…コ…シテ」

 黒装束がなにか喋った。


 まるで人の声帯を捻り潰したような、おぞましい声だ。


 なにを言っているのかは聞き取れなかったが、人間の言葉ではないはず。


 柱の端からそっと覗いてみると、黒装束の体は小刻みに震えていた。

 袖から出る灰色の腕は細くシワっぽい。

 幸いこちらを向いていないが、なにかを探しているように見える。


 気付かれないように体をこわばらせていると、空気がピリついた。


「ヴォォォォ」

 大きな叫び声とともにトマトを握り潰したような『グチャ』という音が鳴った。


 私とカケルは、なんの音かも分からないまま、手で口を押さえ小刻みに震えていた。


 私は心の底から恐怖していたのだ。


 その音を境に、足音が遠のいていくのが分かった。カケルがこちらを向き、静かに私の手を握ってくれた。


 落ち着きを取り戻し、体の力を抜いたその時だった。


 こちらを覗き込む青白い顔が、カケルの背後に見えてしまったのだ。


「ギャァァァァ」

 なんとも恐ろしいその顔に、私は思わず叫び声をあげる。


「逃げるぞ。さゆり」

 背後になにかを察したカケルは、勢いよく立ち上がり、私の手を引き走り出した。


 全速力だ。

 ここがどこかも分からない。

 とにかく、走って逃げなければいけなかった。

 あの青白い顔。

 手には潰れた鼠の死骸を持っていた。


 走りながらも、少しずつ明かりが灯りはじめ、辺りの様子が鮮明になってきた。

 なんと、両側の壁には檻のようなものがあり、中からは人の手が伸びていたのだ。


「カケル。人がいる」

 息を切らしながらカケルに話しかけたが、カケルはまっすぐ前だけを向いて、私の手を引く。


 檻の中には、骨が浮かび上がりボロ切れを着た人達が収監されていた。


 その人たちの瞳に、光はなかった。希望を完全に絶たれているのだろう。


 私達もあの黒装束に捕まったら、ここに入れられてしまうのだろうか。

 恐怖し、後ろを振り返ると、黒装束がものすごい勢いでこちらに迫ってきていた。


「追いつかれちゃう」

 私はカケルに叫んだ。


「絶対大丈夫だ。絶対」

 カケルは、檻の横に積まれていた木箱を蹴った。


 木箱は大きな音を立てて倒れた。これで少しは時間稼ぎになるだろう。


 カケルと私は、角を左に曲がる。

 すると、いくつかのドアが並んでいる廊下に出た。


「カケル、どこかに入ろうよ」

 私は焦りを隠せない。


「いや、危険過ぎる。あいつの仲間がいるかもしれないんだ。むやみやたらに、ドアを開けることは出来ない」


「じゃあどうするのよ」


「とにかくまっすぐ走るぞ、出口が必ずあるはずだ」


 カケルに言われたとおりに走ったが、二人の体力も限界に近付いていた。


 そんな二人にも、少しだけ希望を感じる瞬間があったとすれば、徐々に明るくなる景色だけだった。

 出口が近付いてきてるのだろうか。

 

「さゆり」

 カケルが私の腕を強く引いた。


 すると、私の目の前からカケルの姿が一瞬で消えてしまった。


 黒装束は、カケルを殴り飛ばしたのだ。


 壁に叩きつけられたカケルは、頭から血を流し気絶している。


 私の目の前にいる、『青白い顔でニコニコと笑う"それ"』に、恐怖のあまり声も出なかった。


 私はここで死ぬのだ。

 どういう殺され方をされるのだろう。

 殺される前にあの檻の中に入れられるのだろうか。 


 黒装束が手を振り上げたその時、ポケットの中が光りだした。


 ポケットの中の石が光りだしたのだ。

 私は石を取り出し、その神々しい光を見つめた。


 すると、私に迫る黒装束の手が止まり、叫び声を上げながら目を隠した。 


 まるで断末魔だ。私は咄嗟に両耳を塞いだ。


 思わず石を床に落としてしまったが、石には不思議な力があるようだった。


助かる、私たち大丈夫なはず。


 と、安堵したのも束の間、私の床が途端に消えて、体が宙に浮く感覚がした。

 外の光が入り込み、下から強い風が吹いて、私の服がなびく。


「なにこれ」

 私は混乱した。


 足元には雲が見えるのだ。

 私の体はゆっくりと空へと沈んでいく。


 黒装束の姿はもうそこにはなかったが、壁に横たわるカケルの姿が見えた。


「カケル、カケル」

 精一杯の声でカケルの名前を呼んだ。


 しかしカケルは、ピクリともしない。

 床に空いた穴は私が沈んでいくのと、ほぼ同時に閉じ始めていった。


 どうしよう。

 このままじゃカケルを置き去りにしてしまう。


 私はもう一度、涙声で叫んだ。



 「カケル」

 


 カケルの指先が少し動き、目が薄く開いた。

 もう床が閉じ始めている。私の体も、もう上半身しか出ていない。


 間に合わない。


 カケル、カケル。

 伝えないと、必ず…


「カケル聞いて。必ず、必ず迎えにくるから。どうか生きていて」


 カケルは、半分閉じた目をこちらに向けて、少しだけ笑った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る