2. スカウト

 オーディションの帰り道、スカウトだという怪しい男に声をかけられ、思わず足を止めてしまった。


「実は、僕が探していた役柄のイメージに、あなたがピッタリなんです。やってもらえませんか?」


 名刺をよく見ると、この人、肩書きがプロデューサーになっている。

 そんな偉い人に、直接スカウトされるなんて、もしかして、夢を見ているのだろうか?


「ヒロイン役ですか?!」

「いえ、ヒロイン役ではありませんが、そうですね――、準主役です」


 夢ならヒロインになれるかと思ったが、夢の中でも甘くはないらしい。

 いや、現実逃避をしていてはいけない。

 これは夢でなく、現実であると、ちゃんと受け止めるべきところだ。

 きちんと話を聞こう。


「そうすると、ヒロインを助ける友だち役ですかね?」

「いえ、どちらかというと、ヒロインのライバル役ですね」


「ライバルですか――。スポ根ものですか?」

「いえ、どちらかといえば、学園恋愛ものでしょうか……」


「学園恋愛でライバルって、それって、悪役令嬢じゃないでしょうね?」

「察しがいいですね。実は、そのとおりです」


「悪役令嬢役なのですか!」


 そんな美味い話があるわけなかった。よりにもよって、悪役令嬢役とは……。


 この前のオーディションでも悪役令嬢役むきだと言われたし。

 それに、小学校や中学校の時、クラスで演劇をする機会があると、私は、必ず、悪い魔女だったり、意地悪な継母だったりした。

 そして、何故かそれが非常に好評であった。


 本当はヒロイン役をやりたかったのに、前回好評だったからと、ヒロイン役をやらせてもらえなかったのは、悲しい思い出だ。


 そんな訳で、悪役令嬢役なんてやりたくないのだが、今は選り好みできる状態じゃない。

 それに、なんなら、主役を食って、人気が出れば、次に繋がるかもしれない。

 そう、これは神様が与えてくれたチャンスよ! 神様プロダクションだけに……って、面白くないわね。


 ここは、割り切って悪役令嬢役でも受けるべきなのかもしれない。だが、私にいきなり準主役の悪役令嬢役なんてできるだろうか?


「私に務まるでしょうか? 初めてですし、悪役令嬢の取り巻きBあたりが妥当ではないでしょうか?」

「大丈夫、あなたなら、僕のイメージした悪役令嬢に、見た目も性格もピッタリです」


 悪役令嬢役にピッタリと言われると、それはそれで、少しカチンときますが、今は我慢だ。


「それに、準備期間もありますから、本番が始まるまでに十分に悪役令嬢になりきってください」

「準備期間ですか――。その間に賃金はもらえたりするものですか?」


 ちょっと、図々しかっただろうか?

 でも、お金をもらえないことには生活できない。

 牛丼チェーン店での深夜バイトで食い繋いでいるが、収入がそれだけでは、そろそろそれも限界だ。


「衣食住は補償しますが、それ以外に、お金が必要なら自分で稼いでください」


 賄い付きの寮でもあるのかな? 副業はOKということならなんとかなるか……。

 住むところがあって、食事が出るなら悪い話ではないわよね。


「そういうことなら、悪役令嬢役お引き受けします」

「引き受けていただけますか。ありがとう。それでは、これが台本です」


 そう言われて、分厚い台本を渡された。

 私はその中身を確認するが、そこに書かれた文字を私は読むことができなかった。


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