健人の怒り
気が付くとVIPルームには二人だけになっていた。藤田が暴れたことで部屋のスピーカーは故障し、呼吸をする音だけが響いている。
「金を盗んだあの日、どうしても治療費が必要だった。弟は重い難病で、あの金さえあれば助けられると思ったんだ」
「治療費って、何言ってんだよ。おまえに弟がいるのは知っていたけど、そんな難病を患っていたなんて。あの時相談してくれれば金くらい」
「ちっ、あの頃のお前は俺の事なんてまったく見えてなかったんじゃないのか。高校の頃、俺らが遊び半分で始めた大麻栽培は『二十歳』になる頃には大きなビジネスになっていた。藤田、お前は自然とその中心になっていたんだ。近くにいたはずなのに、遠い存在に感じたよ」
舌打ちをした桜庭は話を続ける。
「俺もお前と一緒に進みたかった。でも俺には弟がいたから、どうして俺だけこんなにも苦しいんだって。ずっとお前の自由な生き方が羨ましかったんだ」
桜庭は、藤田の目を見ながら涙を流した。
そんな桜庭を見て言葉を失いかけた藤田だが、しばらくして話し始める。
「...俺から金を盗った理由は分かった。でもなんで脱法ハーブなんだよ。アレを吸った人を見たかよ。みんな人じゃなくなってるぞ」
「どうでもよかった。この世には『金を奪う人間』と『奪われる人間』の二種類しかいない。お前を裏切ってまで助けようとした弟も結局、金が間に合わずに死んじまった。ドナーを見つけられなかったんだ。皮肉だよな、神様なんてこの世にはいなくて、存在するとすればそれは金だ。お前もそう思わないか」
桜庭は泣きながらも藤田に問う。
「金が神...か。確かに、金がもっと早く準備出来れば、お前の弟は救えたかもしれない。でもな、あの時のお前に本当に必要だったのは、金なんかじゃなく助けを求める勇気だったんじゃないか。俺は、お前の事を親友だと思ってたよ。裏切られた後でもな」
「きれいごとを並べるな」
「そう感じるならそれでいい。だがな、これからはお前のことは必ず助ける。だから、何でも相談してほしい。ごめんな、おまえの苦しみに気付いてあげられなくて」
そう伝えた藤田は、桜庭に当時の出来事を謝罪した。
「何でお前が謝ってんだよ。俺がお前を裏切ったんだぞ」
桜庭は動揺している。
「なんでって...」
「藤田さん、そんな奴に謝ることないよ」
突然健人が現れ、二人の間に割って入った。
「健人、まだいたのか」
「なんで藤田さんが謝るんだよ」
健人は怒っているようだ。
「藤田さんは、そいつに裏切られたんだぞ。そいつがいなければ、お母さんを悲しませずに済んだんじゃないのか」
「いいんだ健人。桜庭にも辛い過去があったことを俺は知らなかった。俺が悪いんだよ」
「いつもそうやって他人のことばかりだ。少しは自分の幸せのこと考えたことあるのかよ」
健人の声が藤田の胸に響く。
「自分の幸せ...か。いつのまにかそんなこと、考えなくなっちまったな」
「...俺にしてくれた話、忘れてないよ。もしかしたら藤田さんは、覚えてないかもしれないけどさ」
「おまえに話って、なんのことだよ」
「やっぱり覚えてないんだね。あの時の藤田さん、凄くハイだったし忘れてると思ったよ」
CBDの事業計画の後、藤田たちは順調に売り上げを伸ばしていた。麻衣のラジオ配信での集客も予想以上によく、オリジナルCBDは界隈で爆発的な人気を誇ったのだ。その間にも、髭さんが隠し持っていた「GreenCrack」をバーで吸っていたのだが、そんな中で藤田が健人たちに話したこと。それは、藤田の壮絶な過去の話だった。
自分の生い立ちの話をするのを嫌がっていた藤田だが、珍しくハイになったかと思うと、あっさりと話してくれたのだ。
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